16. クミンシードはどこまで焦がしていいのか? 問題

スパイスの炒め加減や加熱の具合はとても難解で、正解がわかりません。たとえばカレーを作るときに一番初めに鍋に油を熱してクミンシードを炒めることがあります。これ、いったいどのくらいまで炒めればいいの!? 料理教室でもよく聞かれる質問です。レシピでは、「クミンシードの周辺がシュワシュワと泡立つまで」とか「クミンシードがこんがり色づくまで」などと表現されます。シュワシュワはどの状態なのか、こんがりとはどの色なのか、わからない。特に初めてスパイスを炒めるときは、不安になります。ホールスパイス(つぶしていない丸のままのスパイス)を加熱すると、それぞれどのように状態が変化していくのかがわからないからなんですね。

僕は、ひとまず、「真っ黒くならなければOK」と言っています。が! 実は、僕も正解がわからないんです。ホールスパイスを油で炒める理由は、香りを引き立てること。その香りを油に移すことにあります。スパイスに含まれる揮発性のエッセンシャルオイルは基本的に熱によって抽出されるため、炒めるのがいいわけですが、加熱前でもスパイスはいい香りがすでにしています。常温でも揮発するからです。加熱すればより揮発が進むわけですが、どの程度で抽出がマックスになるのかわからない。

アロマの世界では、エッセンシャルオイルの揮発速度を「ノート」という言葉で表現します。速度が速くすぐに香りが出るものは「トップノート」、ゆっくり出るものは「ベースノート」、その中間に位置するのが「ミドルノート」。諸説ありますが、クミンやカルダモン、クローブなどカレーによく使われるスパイスは、たいていミドルノートに位置付けられている。でもミドルノートに分類される各スパイスの揮発温度の違いまで言及している文献を僕は知りません。知りたいのは、各スパイスのエッセンシャルオイルの最適な抽出温度。それがわかればクミンシードをどこまで焦がしていいのかが判明するはずなんです。

経験上、クミンシードは真っ黒くなると焦げ臭が出てしまいますが、その手前であれば、いい香りが立ちます。ぎりぎりまで火入れすればクミン自体の香りのほかに芳ばしい香りも生まれる。加熱しすぎることによって抽出されたクミン本来の香りが損なわれる可能性もありますが、香ばしさが欲しくて割と焦がすケースが多い。これは、インド料理をベースにした調理法です。でも、友人がスリランカで習った方法は、玉ねぎを炒めてからホールスパイスを加えていたそうです。この場合、シュワシュワしたり、こんがり色づいたりすることはありませんが、エッセンシャルオイルの揮発温度によっては、この順番のほうが香りが引き立つのかもしれません。わかりません。

インド料理店のシェフたちが集まる研究会を主宰していますが、ホールスパイスの投入順序については、議論になります。カルダモン、クローブ、シナモンの3種を加熱するなら何から入れればいいのか。マスタードシード、メティシード、ホールチリの3種を加熱するなら何から入れればいいのか。誰もわからない。わからないことだらけです。でも誰もが納得できる正解が必ずあるはずです。油に溶け出すエッセンスと水に溶けだすエッセンスの違いもある。スパイスごとのエッセンシャルオイルが、それぞれどの温度で揮発し、どの成分に溶け出すのかを整理した表がどこかにあったらいいのに。ないなら、作るしかありません。誰か協力してください(笑)。

ひとまず、いまは、正解が見当たらないので、自分の感覚に頼ることにしましょう。そのために大事なことは、クミンシードを真っ黒くなるまで焦がしてみて、見た目や香り、味の変化がどうなるのかをよく観察することだと思います。クミンシードを捨てる覚悟でわざと焦がす。やったことある人、いないんじゃないでしょうか? ちょっと上級編になりますが、限界を知って自分の感覚でどこで止めるべきかを決めてみてください。

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