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171.「触らない」とカレーはおいしくなるのか? 問題

まもなく、新刊『スパイスカレー新手法』が発売される。手元に届いた見本の表紙には、キャッチコピーとしてこんな言葉が書かれている。

入れて煮るだけ! ハンズオフカレー入門

そう、去年の春ごろからずっといろんな形で発信してきた、“ハンズオフカレー”のレシピ本である。

着想は、昨年の2月、パキスタンとインドへニハリという煮込み料理を取材に行ったことだった。長時間、ひたすらとろ火で煮込み続けることで完成する料理を見学できたことは、煮込むという調理プロセスを割と軽視していた僕にとっては刺激的な体験だった。帰国後、煮込む行為について考え続け、思い切って、スパイスを使ったカレーに大胆に応用してみようと思ったのだ。そのカレーに使うすべての材料をいきなり鍋に入れ、ふたをしたら火にかける。以上。何種類も作ってみたが、どれもおいしい。これでカレーがおいしくなるというのが不思議だった。

名前をどうしようか、と考えて“ハンズオフカレー”と名付けた。

この手法を僕以外のシェフにも挑戦してもらいたくなり、三軒茶屋『シバカリーワラ』の山登くんに打診した。去年のインドでニハリを6時間以上に渡って一緒見学した仲間でもあるし。「一緒にやってみよう」とお願いするときにひとつ、お土産を持って行った。

“チャンパランマトン”というマトン料理のことだ。インド・ビハール州にあるネパールとの国境あたりの街で生まれたと言われている料理で、ハンズオフで作るカレーのようなもの。実際に現地で見たことはないが、作り方の動画をいくつも見ていて、「これ、まさにハンズオフだ!」と思って興奮した覚えがある。山登くんはこういう情報が好きだから、チャンパランマトンをアレンジして再現してほしい、とお願いした。

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たとえば、ひとつの典型的な手法としては、油と玉ねぎ、にんにく、しょうが、スパイス類を鍋に入れて手で“ぐちゃぐちゃ”とつぶしながらよく混ぜ合わせる。そこにマトンを加えてさらにもみ込み、そのままふたをして(密閉)、火にかける。煮込みが終われば完成、というものである。

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僕のハンズオフカレーにもマリネをしてからスタートする手法があるが、マリネの前、肉を加える手前で“ぐちゃぐちゃ”する、その“ぐちゃぐちゃ”に着目した。ザックリ混ぜ合わせるようなマリネならよくあることだけれど、あそこまで念入りに徹底的に練る手法は見たことがない。あれがいいんじゃないか、とふたりで話した。その“ぐちゃぐちゃ”し終わったものについて、山登くんは、「生マサラ」というオリジナルの名前を付けていた。この生マサラという言葉がなんだか非常にいい。

結果、できあがったカレーにはソースに特有のなじみよさが生まれている。ハンズオフカレーは、とにかく、調理中は「鍋に触らない」という手法だから、当然、油で炒める、みたいなことはできない。メイラード反応のおいしさを放棄しなければならないが、逆にその分、軽いけれど深いという独特の味わいに仕上がるのが特徴的だ。そこにさらになじみがいいというエッセンスを加えられるのが生マサラ。この手法自体はチャンパランマトンから見出したものだけれど、命名は山登くんである。

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ハンズオフカレーは、『スパイスカレー新手法』が世に出ると、きっと「時短料理」とか「手抜き料理」みたいな捉えられ方をするんじゃないかと思っている。「鍋に材料を入れてほうっておくだけなんだから、楽でいいよね」と。でも、本質は違う。煮込みというプロセスの魅力を存分に味わう手法だし、「ハンズ」を「オフ」する、すなわち加熱時にテクニックを介在させられれないという制約があるおかげで、加熱以外の部分に工夫を求めることになる。その点を突き詰めて書籍化したため、『スパイスカレー新手法』は、通常のレシピ本の1.5倍以上のボリューム、176ページで構成されている。「時短料理や手抜き料理かな」と思っている人が176ページもある本を手にしたら、嫌がるだろうなぁ。

生マサラで実際にカレーを作るとどんな味わいが生まれるのかを体験してもらうためのスパイスセットを「AIR SPICE ハンズオフカレー・チキン」として単品販売することにした。挑戦しようとする人に新鮮な体験が届くといいなと思いつつ、水野印の「ハンズオフカレー」よりも山登印の「生マサラ」の方がキャッチーで浸透しやすいんじゃないか、という不安(?)が少し残っている。山登くん、オリジナル生マサラを発売しないかなぁ。

※このトライアルは、雑誌『RiCE』カレー特集(2021年4月末発売)にて掲載中。


★毎月届く本格カレーのレシピ付きスパイスセット、AIR SPICEはこちらから。http://www.airspice.jp/


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