130. 何も炒めなくてもカレーはおいしく作れるのか? 問題 PART2
とあるインド人シェフから料理を習ったときに面白い手法を聞いた。ガーリックウォーターである。僕がそう名付けたものだが、皮付きのままのガーリックを石臼でつぶし、そこに水を加えてちょっとだけ置き、フレーバーをつけた水を煮込みに使うというものだ。そんな方法があるのか。今度やってみよう、と思ったものの、それそのものではないところに興味を持った。
にんにくを水につけるだけでいいなら、“炒める”という行為はいったいなんなのだろうか? と。そういえば、この問題シリーズでも取り上げたが、ネパールのカレーは、すりおろしたにんにくを後半の煮込みで加えることがある。だったら、にんにくに限らず、いっさいがっさいを炒めずにカレーを作ってみたらどうなるだろうか、と思ったのだ。
つい先週末、岐阜県でサンデービルヂングマーケットというイベントがあり、そこでカレーを作る機会があった。土曜の夜にトークイベントをして試食用のカレーを60食ほど作り、翌日のイベントでは販売用のカレーを200食ほど作る。チャンスは二度ある。実際に挑戦してみることにした。夜のトークイベントのカレーはこんな感じで作った。
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1. くし形切りの玉ねぎをひたひたの水と塩でグツグツ煮る。水分がほとんど飛ぶまでしっかり。
2. 生の鶏肉とパウダースパイスのミックス、油、ジンジャー&ガーリックのすりおろし、水を加えて煮込む。
手抜きと言われても全く文句の言えない手法である。できあがったカレーは、十分おいしい味わいだった。加える予定で準備していたトマトピューレを使い忘れたにも関わらず、である。これでうまくなってしまうと、今までカレーをおいしくするためにやってきた調理プロセスは何だったのか……。
翌日に弾みがついてしまい、200食のカレーもこの手法を応用することにした。とはいえ、前夜は試食用のカレー、実質20食分程度だから、10倍ほどのカレーを作ることになる。この量で同じ手法をとってしまったら、炒めないといえどもさすがに火入れが足りなくなり、ぼやけた味のカレーになりそうだ。販売用のカレーだし、もう少し、おいしくするための工夫をして挑むことにした。
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1. 四つ割りの玉ねぎをひたひたの水と塩でグツグツ煮る。水分がほとんど飛ぶまでしっかり。ここだけは徹底的に煮た。
2. 別の鍋にマスタード油と植物油を1:5程度で加えて、ジンジャー&ガーリックのすりおろしを炒める。こんがりするまではいかないが、淡いきつね色(いたち色)になるまで。火を止めて、カスリメティを揉んで加え、パウダースパイスのミックスを混ぜ合わせる。どろどろとしたスパイスペーストができる。
3. 玉ねぎを煮た鍋に生の鶏肉、トマトピューレ、ミキサーでペーストにしたアチャールをほんのちょっとだけ、スパイスペースト、塩、水を加えて煮る。鶏肉に火が通るまでなので、煮る時間は15分程度。
結果的にとってもおいしいチキンカレーができた。そう、炒めずにおいしいカレーはできるのである。じゃあ、カレー作りにおける“炒める”ことの重要性は、どこへ行っちゃうのだろうか。ちなみに調理プロセスで何度か味見をしたが、塩と水とで煮ただけの玉ねぎは、とろりとして想像以上の甘みがあった。あの味がベースになるのだから、「玉ねぎを炒めて甘味を引き立てる」みたいなプロセスは必要ないことになる。
とはいえ、玉ねぎについては、甘味を引き立てる以外にメイラード反応によってうま味を強める目的もある。そこは果たされていない。鶏肉も生肉のまま投入するのだから、表面をこんがり焼いてから煮込む場合に生まれるメイラード反応のうま味は期待できない。
カレー作りにおける炒める行為の主目的はきっとメイラード反応だから、そのうま味を必要としないカレーであれば、ちゃんとおいしく成立するようになるということかもしれない。まあ、メイラード反応のうま味はあればあったほうがカレーのクオリティは上がる。だから、「カレーは炒めないほうがおいしい」のではなく、「カレーは炒めなくても十分おいしい」のが今回の実験結果となる。あとは、「炒める手間」と「炒めて生まれるおいしさ」のバランス次第かな。何も炒めないで作るカレーが80点だとして、時間と手間をかけて炒めたカレーが90点になるとしたら、「まあ、10点は諦めよう」と思えば、ほとんど何もしなくてもカレーができあがることになる。カレーにはそういう選択肢もある、ということが判明しただけで成果があった。
初日の試食用カレーは、極端に調理プロセスを簡略化させたが、この手法(煮るだけカレー)を取るときには、せめて温かい油とスパイスを融合させてフレーバーオイル的なものを作っておくくらいの手間はかけたほうがいいと思う。
ただね、初日と2日目との2回ともカレーを食べてくれた参加者の中には、「今日のカレーよりも昨日のカレーの方が好きでした」って人もいたくらいだから、そうなると、どっちがいいのかは決めきれないなぁ。煮るだけカレー、来年の新刊ではキッチリとプロセス写真を撮ってレシピを紹介することにしよう。
ここまで書いたら、「この人はこれからカレーを作るときに何も炒めないつもりなのか」と思われそうだが、そんなことはない。炒めたり炒めなかったりするだろうし、仮に炒めないと決めた日のカレーには、別のところでどんな風に手間をかけるべきかをその都度考えて作るつもりだ。
※「何も炒めなくてもカレーはおいしく作れるのか? 問題 PART1」は、83番
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