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42. バターチキンをおいしく作るコツはどこにあるのか? 問題

インドカレーの世界で、「みんな大好き」と枕詞がつけば、続くメニューは、「バターチキン」となります。今も昔も人気メニューのナンバーワンの座を守り続けている。誰もが好きなカレーです。最近、南インド料理がジワジワと注目を集めつつありますが、「みんな大好きサンバル」とか「みんな大好きビリヤニ」とか「みんな大好きミールス」とはならない。好きな人は特に好きですが。その点、「みんな大好きバターチキン」はすごい。「こってりしすぎて苦手」とか「あのカレーはもう卒業した」とか、アンチが出るほどの人気です。
全国出張料理を長年続けている僕の仲間たちの間では、「バターチキン」と枕詞がつけば、「ずるいカレー」となります。誰が作ってもおいしくなるから。まずく作る方が難しい。だから、メンバーの誰かがイベントにバターチキンを作ってくると、「ああ、それやっちゃうんだ」と冷ややかな視線を浴びることになる。さらにバターチキンは玉ねぎを使わないカレーです。「玉ねぎを切ったり炒めたりする手間を省いたな、楽をしようと思ったな」と白い目で見られることすらある。逆に言えば、日本全国誰にでもおいしく作れるカレーなんですね。こんな価値のあることはありません。
今夜放送するNHK-Eテレの番組「趣味どきっ!」では、インドカレーを特集しますが、調理コーナーで作るのは、バターチキンです。こんなに簡単に、こんなにおいしくできるのか! と驚いてもらえるんじゃないかなと思います。
ただ、たいていの場合、簡単に見えるものほど難しいのも事実。バターチキンを唸るほどおいしく作ろうと思ったら、実は、すごく大変。たとえば、インド料理店が何をしているか、ご存じですか? いろんな手法がありますが、まず、砂糖やはちみつなど、甘味成分をかなりの量、入れています。バターや生クリームもたっぷり。ほとんどやっている店を見かけませんが、本来はトマトを煮詰めまくってうま味の強いペーストを作ります。
店によっては、本来、使わないはずの玉ねぎを使ってコクを増しているところも結構多いです。ムスリムスタイルでフラインドオニオンを作ってカシューナッツと一緒にペーストにしたベースを入れたりする。これで濃厚かつ美味しくなるんだから文句はないよね、といったところでしょうか。カスリメティというフェヌグリーク(メティ)の葉を乾燥させたスパイスも頻繁に使われています。僕がインド・オールドデリーにあるバターチキン発祥の店で取材したときは、「カスリメティ? そんなものは使わないよ。ソースの風味が濁るからね」と聞きました。でも、確かにカスリメティを入れたらおいしくなる(笑)。
バターチキンのおいしさは、スパイス使いの妙、乳製品祭りといっていいほどのコク、フライドオニオングレイビー、砂糖などが握っていることになります。それらを使うことで、酸味、甘味、辛味、旨味を高い次元でバランスを取っている。みんなが食べておいしいと思う要素をてんこ盛りにしたカレーなんですね。見どころに溢れているハリウッド映画みたいなものです。期待した通りの結果に導いてくれる。裏切らない。予定調和がもたらす安心感が人気の秘訣と言えるでしょう。
でも、実は、僕が考える本当においしいタンドーリチキンの魅力はそれらのどれでもありません。秘密は、「香味」にあると思っています。タンドーリチキンを作るときにマリネ液にカシューナッツのパウダーを混ぜ合わせる。それを炭火で焼いた時に焼き汁が炭に落ちて煙があがりスモークされ、薫香をまといます。また、ナッツが焼かれた時に芳ばしい香りが生まれます。それらがソースと絡むからおいしくなる。
自著「カレーの奥義」では、船橋にある「サールナート」の小松崎シェフとこのことについて対談をしたことがあります。抜群においしいタンドーリチキンは使っていないのにしょう油の味がする、とか、抜群においしいバターチキンは使っていないのにチーズの味がする、とか。そんな話でおおいに盛り上がりました。仕上がったカレーに使っていないはずの材料の味がしたら、そのカレーは、想像を超えたおいしさになっているかもしれません。予定調和でない仕上がり。最高のバターチキンは、観る人全員の想像を裏切るハリウッド映画。そんな映画、なんか、ありましたっけ?
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