水野カレー

68. 日本人が好きなカレーはどんな味わいなのか? 問題

のっけから、タイトルをつけ間違えたかな、と思っている。でも、書いてしまったからそのまま進める。日本人が好きなカレーは? だなんて、大それたテーマ過ぎる。お前が日本人を代表して語れることがあるのかよ、とまず自分に突っ込みつつ、でもどんな味わいなんだろう、と思考している。

高知でイベントをした。お客さんからこんな質問があった。
「水野さんが一番作りたいカレーはどんなカレーですか?」
真っ直ぐな質問。核心をついた質問だった。こういうことを聞かれるとたいていは口ごもってしまうのだけれど、割とすっと答えることができた。

「インド料理のスパイス使いをベースにブイヨンを効かせて隠し味にしょう油をちょっと加えたチキンカレーですね。ジャポニカ米で食べるイメージ」

こんなに具体的にカレーの姿がスラスラ出てきたのは、現在、準備中の新刊でたった1品だけ披露するレシピがこのタイプだからだ。その名も「水野仁輔だけのおいしいカレー」。略して「水野カレー」。(あ、これ、まだ内緒にしなきゃいけなかったのかな、大丈夫かな)
現時点で、僕自身が最もおいしいと思っているカレーのレシピである。このカレーは、日本人を代表しているわけでもなく、日本人の好きな味を分析しているわけでもないから、読者がどの程度共感してくれるかはわからない。大半がエッセイでつづられているこの新刊では、200ページ以上を使って1品のカレーが出来上がるまでを読んでもらう構成になっている。
改めて日本人が好きなカレーはなんだろう? と考えてみる。かつて、日本のカレーのおいしさは次のものが要素として大きかったように思う。

1. だしのうま味
2. 隠し味のコクや甘味
3. カレー粉の香り
4. 焙煎した小麦粉の香味やとろみ

それぞれ具体的に言えば、1は鶏がらをベースとしたブイヨンなど動物性のうま味。2はしょう油などの発酵調味料のコクやチャツネなどの甘み、3はいい意味でスパイスどうしが互いの個性を打ち消しあったやわらかな香り。4はそのまま。これらがあれば日本のカレーはおいしかった。

新宿中村屋のインドカリー90周年のイベントにお邪魔させていただいたとき、ステージトークした二宮総料理長の発言が面白かった。中村屋のカリーのベースを作ったのは、革命家のラス・ビハリ・ボースだが、彼が最初に伝授したカレーは油脂分が強く当時の日本人には評判が悪かったそうだ。あるとき、「ブイヨンでのばしちゃえ」ということになり、そこから一気に評判が上がり、今に至ることになったという。

「ブイヨンでのばしちゃえ」

このセリフがずっと耳に残った。そう、きっと日本人が好きな味は油脂分よりもだしのうま味なのだろう。昔からちょこちょこ話していることだけれど、超大雑把に言えば、インドは、「油文化」なのに対して日本は「だし文化」。インドが「乳製品文化」なのに対して日本は「発酵調味料文化」なんだと思う。根本的に体が欲しているおいしさが違うんじゃないかと思っている。ブイヨンでのばしちゃったら人気が出た、という日本で最初のインドカリー誕生秘話はそれを物語るエッセンスのひとつでもある。
ただ、最近は、日本人の好きなカレーの姿が変わりつつある気がしている。先に挙げた4つの要素のうち、1と2はそのまま。3が変化して4がなくなりつつある。

1. だしのうま味
2. 隠し味のコクや甘味
3. スパイスの香り

最近は、カレー粉のぼんやりした香りよりも個別のスパイスの繊細な香りの個性を楽しめる人が増えたように思う。小麦粉は重たいから歓迎されていないように思う。これまで日本で人気を博してきたカレーから、小麦粉を抜き、スパイスの刺激的な香りを際立たせたら、それは、ざっくり言えば、スパイスカレーになるんじゃないか。
とはいえ、やっぱりだしと発酵調味料は、日本人があらがえないうま味だから、見えないどこかでしっかりと機能しているはず。そんなスッキリ洗練された味わいのカレーを作れるようになりたい。

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