カニカレー

73. 具を煮込まない方がカレーはおいしくなるのか? 問題

まもなく発売される新刊「わたしだけのおいしいカレーを作るために」にも似たような見解を書いたのだけれど、カレーの具は、煮込まないほうがおいしいんじゃないかとやっぱり僕は思う。
煮込めば煮込むほどおいしくなるのはソースであって具ではない。ソースがおいしくなる理由は具のだし(うま味)がソースに抽出されるからだ。じゃあ、具はどうなのかといえば、風味を失っていく。風味を失う代わりに柔らかい食感を手に入れる。ホロホロやトロトロにしたほうがおいしくなる具もあるけれど、それは割とマイナーな存在だと思う。

たとえば肉のカレーの場合、部位にもよるが、チキンもビーフもポークもマトンも、煮るよりも焼いたほうがその肉自体をおいしく味わえると僕は思う。それなら、肉のカレーを作る時にソースはソース、具は具で最適な調理をして最後に混ぜ合わせたほうがおいしくなるはずだ。というか、少なくとも僕は、ごった煮されたカレーよりもそっちのほうが好きだ。

つい最近、マカオに行ってきた。マカオ料理にカニカレーというのがあるらしいとの噂を聞き、食べてみたくなったからだ。マカオ料理というものの定義はよくわからないが、中国とインドとポルトガルの影響を受けて生まれた料理だという。一時期、ポルトガルがインドのゴア辺りを統治していたことから、インド料理の影響もあるようだ。

とはいえ、マカオでマカオ料理と言ったときには、基本的に中華風ポルトガル料理のことをさすイメージが強いらしい(複雑……)。とにかく、そのカニカレーなるものを食べた。時価という言葉にちょっとビビる。生きた立派なカニを持ってきて、「8000円です」と言われたときは、「おお」とさすがに心の中で叫んだが、注文しないんじゃ、何しにマカオに来たかわからない。しばらくまっていると、運ばれてきた。15分か20分くらいだっただろうか。
これが予想以上においしかった。カニがおいしいのは当たり前だが、ソースがうまいのだ。なんだこりゃ。今回の香港、マカオの旅で食べたどのカレーよりもおいしい。少し粉っぽいから、パウダースパイス(おそらくカレー粉)とソースのなじみが足りていない。すなわち、手際よくささっと作られたものであることは想像がつく。ソースの表面はよく見ると小さな油がチラチラと浮いている。理想的な見た目だ。

盛り上がったついでに、マトンチョップのカレーをライス付きで頼んだ。これがまたうまい。大きなマトンチョップが3本も入っていて、またしてもソースがうまかった。なぜだ。マトンチョップは、確実に焼いた形跡があった。肉の表面の焦げ色がそうだし、味も食感も焼かなければこうはならない。それに煮込んでここまで柔らかくしているのならマトンの風味がこんなに肉の中には残らない。
だとしたら、ソースにうま味があることの説明がつかない。マトンを加えてから1時間でも煮込めばソースに味が出るのは想像がつくのだけれど。そこがポイントだと思ったから、店員に聞いてみた。

「このカレー、作る時に何かスープとかを使ってますか? チキンブイヨンみたいな……」
「スープ? 使ってないわよ。ただカレー粉と炒めているだけ」

じゃあ、カレーソースのあのうま味はいったい。油も適度にチラチラと浮いている感じ。カニカレーは、にんにくと玉ねぎとピーマンを油で炒めてカレー粉を混ぜ合わせ、スープを注いで具を入れてさっと煮た感じ。マトンカレーは、ジャガイモが柔らかくなるまでソースと煮込んだ形跡がある。でも、どちらにもスープは使っていないという。それなら、化学調味料が入っているのだろう。チキンパウダーみたいなやつ。そうでなければ、だしのうま味があんなに簡単に出るはずはない。

ソースのうま味はいずれにしろ、なにかしらのだしのうま味が入っているとして、それさえあれば、やっぱり具の方は一緒に煮込まないほうがおいしくなるのだ(ま、好みの問題だよって話ですけどね……)。この点について同意見を持っていて、すごく盛り上がったのは、人気店「クリスチアノ」のオーナーシェフである佐藤君だ。あ、そういえば、彼の店はポルトガル料理店だったっけ。んんん、ポルトガル料理にヒントがあるのかもしれない。具とソースの関係性について、まさか、マカオのカレーにここまで考えさせられるとは思ってもみなかった。僕はポルトガルに行かなければならない。

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