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141.スパイスと発酵調味料のマッチングはいいのか? 問題

少し前に“カレー風味の豚汁”を作った。
普通の豚汁を作るプロセスで、味噌の代わりに“カレー味噌”を使ったものだ。カレー味噌は、単純にカレー粉(ターメリック、パプリカ、クミン、コリアンダー)と味噌を練り合わせておいただけのものである。
うまいかまずいかで言えば十分うまい味だったが、一方で、「まあ、豚汁にカレー粉を混ぜたらこうなるよね」というような味でもあった。たまたまそこに居合わせた初老の男性は、僕の予想をはるかに超えて感激してくれたようで、後日、改めて「自分でも作りたい。レシピを教えてくれ」と連絡があり、翌日には再現に挑んでいたほどだった。

最近、“カレー風味の豚肉生姜焼き”を作った。
普通に豚肉生姜焼きを作るプロセスで、醤油の代わりに“カレー醤油”を使ったものだ。カレー醤油は、単純にみりんと醤油を加えるより少し早いタイミングで同時にカレー粉を加えて豚肉と絡め合わせただけのものである。
うまいかまずいかで言えば非常にうまい味だったが、一方で、「豚肉生姜焼きはカレー粉を入れなくても十分うまいからなぁ」と思える味でもあった。イベント会場で試食をしてくれた20人以上の参加者たちも「うまい、うまい」と言ってくれてはいたものの、正直なところは僕と同じような感想だったに違いない。

スパイスというのは魔法のアイテムで、ひとふりすれば瞬時にあらゆる素材、あらゆる料理に香りづけをすることができる。その最も極端な例がカレーだと思う。カレーの場合、僕たち日本人にとっては、「カレー味」とか「カレー風味」とか「カレーの香り」とかいう、ある種の画一的なフレーバーを感じるため、「カレー」という言葉自体が魔法の言葉のように使われている。ただ、これは日本に限ったことではない。“世界のカレー”を求めてここ数年、あちこちを旅しているが、カレーがなさそうな土地であればあるほど、「CURRY」という言葉が魔法の言葉のように機能していて、様々なカレー風味の料理に出会うことができる。インド人が移民として渡って食文化に影響を与えたのか、イギリス人がカレーパウダーを持ち込んだのか、その両方なのか、そのどちらでもないのかわからないが、とにかく、世界中にカレーがある。そのくらいある一定のスパイスのブレンドが織りなす“カレー風味”は絶大な影響力を持っているのだ。

だから、豚汁も生姜焼きもカレー風味になってしまう。そして、おいしい。ただ、元々の料理のイメージが強ければ強いほど、「カレーにしなくても」という印象が邪魔をして純粋な料理として味わいにくい側面もあると思う。それを最も顕著に感じたのは、麻婆豆腐をカレーにしたときだった。中国・四川省にスパイス文化を探りにでかけたことがある。このときばかりはカレーではなく四川料理におけるスパイスに着目して旅をし、ホテルのコックに麻婆豆腐を習い、いくつかのスパイスや調味料を持ち帰った。
さて、帰国後に遊び心が出て、麻婆豆腐ならぬ“麻婆カレー”を作ってみようと思った。“カレー風味の麻婆豆腐”と言ってもいいし、“麻婆豆腐風味のカレー”と言ってもいい。作るときの意識は後者で、最終的な仕上がりはあくまでもカレーにするつもりだった。四川・成都で習った通りの手順で麻婆豆腐を作り、途中でカレーにするべく必要なスパイスを加えた。ところが、何度味見をしても、それはカレーではなく麻婆豆腐の範疇から抜け出せないのだ。少しむきになった僕は、通常の適正量の1.5倍以上のスパイスを加えてみた。それでも、カレーは麻婆豆腐に勝てなかった。山椒や四川唐辛子の風味が強すぎるのもあるが、それ以上に、豆鼓ソースや豆板醤の風味が強力すぎたのだ。

麻婆豆腐や豚汁や生姜焼きをカレー風味にしようとしたときに起きた現象をおさらいしてみると、ひとつの共通点にたどりつく。「スパイス+発酵調味料」をしている点だ。もしかしたら、発酵調味料の味わいは、スパイスの香りを和らげる性質があるのかもしれない。相性は決して悪くない。バランスにもよるがスパイスよりも発酵調味料の方が印象が強く残る気がする。とういうことは、スパイスの使い方としては「燃費があまりよくない」のかもしれない。
レギュラーガソリンでも十分走る車にハイオクのガソリンを入れちゃったみたいな感じだろうか。そこでスパイスを使うのはちょっともったいない気がする。豚肉を塩焼きしたものにスパイスをまぶしたら、「うまい! いつもと全然違う!」となるのに、生姜焼きに加えたら、「醤油の味でいいよね」みたいな。

カレーに発酵調味料を使うケースはたくさんある。日本のカレーでは発酵調味料は隠し味の代表選手だし、東南アジア、特にタイのカレー(と呼ばれるいくつかのゲーン)は、カピ(小エビの発酵調味料)やナンプラーが味の決め手になっている。日本のカレーは、ある種、スパイスの香りを和らげることで生まれるおいしさを重視しているのかもしれないし、タイのカレーは、ドライスパイスよりもフレッシュハーブが活躍するから、「フレッシュハーブ+発酵調味料」だとスパイスのとき以上に相乗効果が出やすいということなのかも。今度やってみることにしよう。

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