53. 玉ねぎを加熱しても本当に糖度は変わらないのか? 問題

玉ねぎの加熱に関する問題は、とてもややこしくて、納得したかと思えば疑問に感じたり忘れてしまったり悩んだりを繰り返す。ので、整理のためにここに記録しておこうと思う。

その昔、とある本を出版する時に僕は玉ねぎ炒めに関する通説を疑い、それを検証するために合羽橋で糖度計を購入した。「玉ねぎの甘味は弱火で長時間、丁寧に炒めてこそ引き出される」という通説だ。いや、別の炒め方、すなわち強火で短時間でも同じように甘くなるのだと実感したかった。実際に二通りで炒め、糖度を測ると同じように糖度が上がった。ほら、とそのときは勝ち誇ったような気持ちになったのだ。その後、とある野菜専門雑誌の編集長がぽろっと口にした言葉で再び疑問が生じる。

「玉ねぎって生の状態でも炒めても糖度は変わらないんですよ」

う、うそ~!? そんなはずはない。だって、僕が糖度計で測ったときは、炒めれば炒めるほど糖度は上がったのだ。この時期、「カレーの教科書」という少し専門的な本を書く機会があったから、みじん切りの玉ねぎとスライスの玉ねぎをそれぞれ炒め、数分ごとに糖度の変化を測るという試作&撮影を実施した。ところがこのときは、自前の糖度計がまるで故障したんじゃないかと思うほど、ぶれぶれの数値をたたき出したのだ。原因は油だった。油を使って炒めると油が邪魔して正確な数値が測れない。結果、「カレーの教科書」で糖度を記すのは諦めた。

同時にその本では、「加熱による玉ねぎの変化」について論文を出している、とある大学教授に取材をさせてもらった。彼女の実験結果を見せてもらう。それは加熱により、糖度は変化しないというものだった。僕は混乱した。ところが、その測定方法は、生の状態の重さに戻して糖度を含め様々な数値を測定するものだったのだ。すなわち、生の状態で糖度7%ある200gの玉ねぎを50%脱水したときに100gになる。100gに炒めあがったきつね色の玉ねぎを100gの水で溶いて元の200gに戻して糖度を測定する。すると糖度は7%のまま変わらない。ところが、100gになった状態の玉ねぎの糖度をそのまま測ればきっと15%とか20%とかになっているはずだ。このあたりが非常にややこしい。

ともかく同じ重さにもどしたときに糖度が変わらないのに甘くなっているように感じるのは、ひとつの理由として、生玉ねぎが持っている辛味や苦味などが加熱によって減るから相対的に甘味が引き立って感じられる、ということだった。生玉ねぎとキツネ色炒め玉ねぎを何度も試食したことがある人ならその食味の違いは納得できるだろう。ただ、ここでひとつの気づきとたくさんの疑問が生まれた。

そうか、玉ねぎはやっぱり加熱すればするほど糖度が上がるんだ。でも、それは、最終的にそのたの材料を加えていって1人前のカレー(たとえば200mlだとする)が完成した時にそのカレーにどの量の玉ねぎが使われているかを明確にしなければ平等に語れないのだ、ということに気がついたのである。すなわち、「うちはアメ色になるまで玉ねぎを炒めているから、カレーに十分な甘味が入るんです」というA店と「うちはカレーに甘味はあまり要らないので、ほんのり黄色になるまでしか炒めていません」というB店があったときに、A店が1人前あたり200gの玉ねぎを使用していて、B店が1人前あたり100gの玉ねぎを使用していたら、A店にはB店の2倍の玉ねぎが使用されているのだから、それだけ甘味は強くなって当然だ。

「何%の脱水率か、どの程度(色)まで加熱をするか」ということと「「1人前のカレーにどの量の玉ねぎが含まれているか」はセットで語られなければならないのだ、ということが気づきである。

先日、北海道にある、ソテードオニオンのみを専門的に作っている会社を視察した時に工場長とこの手の話でしばらく議論した。試作を2時間ほど見学した時に15分おきに測定した糖度は、わかりやすく上昇した。その工場ではノンオイルで加熱する手法(僕も最近、玉ねぎの加熱には油を使わない)を採用しているから糖度は正確に出る。脱水率が上がれば糖度も上がる。だから、100キロの生玉ねぎを加熱するときにスタート時の水分含有率と糖含有率は玉ねぎごとに違うけれど、仕上がりの糖度で製品化していけば、ほぼ一定の脱水率になる。

「水で元の重さに戻せば糖度は一緒です」

工場長はそう言った。さて、だらだらと長くなったけれど、これで終わらない。というか、今回は、これで終わりにするが、ここから新たに生まれた疑問は、やまほどある。これは玉ねぎの加熱による糖度の変化のみについての考察だから、その他の風味の変化やキャラメリゼやメイラード反応によるうま味の変化、食味の変化については触れていない。切った玉ねぎの表面をこんがりさせて中は十分に火を通していない手法と、全体を脱水して潰しながら穏やかに色づけていく手法と、何がどう変わるのかについては感覚や経験としてカレーの仕上がりに与える影響は実感しているけれど、数値で確認したことはない。加熱開始時に油を使う場合と、最近の僕がやっているように加熱終了後に別の必要な油を別の手法で添加する場合の食味の違いについても疑問はある。

あー、カレーの玉ねぎについては、わからないことだらけだ。だからこそ楽しいのだけれど、一方でこんなどうでもいいかもしれないことをウジウジと考え続けること自体、ダサい男のやることだな~とも思う。

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