二重ドア

 パジャマと大差ない部屋着に着替え、こまごまと予定の書き込まれたカレンダーの中にぽっかりと空いた1日分の空白――今日だ――を2,3度確かめて嬉しがりながら、ベッドの上に舞い戻った。
 自営業だから、仕事が入ってくるのは嬉しい。が、お休みができるのも、やっぱり嬉しい。いつものミルクティーだけ用意してごろごろ。スマホでいくつかのお気に入りブログとWEBマンガを一気に見て、画面を消して伏せて置く。
 一旦立ち上がり、紅茶を飲んで、文庫本を手にまた寝転ぶ。しばらく没頭し、体勢を変えて、またのめりこむ。ミルクティーがなくなった。空っぽのマグはテーブルに放置して、再び紙面に目を戻す。意識が物語に埋没する寸前、自分のお腹がさほど空いていないことだけ確かめた。朝ごはんのタイミングはこのまま逃すか、既に逃しているだろう。

 部屋に時計は置いていない。スマホの画面はあえて見ない。何時なんだか分からない。これほど順調な休日は貴重だ。

 ワンルームの、ベッドとは反対側の壁の前に、仕事や趣味で使う作業台が置いてある。その上にはノートパソコン。ほぼ毎日使い倒すそれが、今日はなんだか遠くにある。貝のように閉じられた筐体は、ちょっとやそっとではこじ開けられない重い石板のように見える。noteの投稿、どうしようかな。ちらりとそんなことを思う。毎日のように書いてきたし、今日も結局は書く気がするけど――視界の真ん中に黒のノートパソコン。上に岩のような「順調な休日」が乗っかって、容易には開かせないぞと頑張っている。

 ゲームをしたり、映画を観たりもするけれど、あなたはやっぱり仕事の象徴なの? 文庫本を読み終え、ごろんと横たわったまま薄い筐体を見つめる。順調な休日について考える。インドア派の私にとって、その第一条件は「1日中外に出ないこと」だ。引きこもり万歳。でも物理的に外に出なくても、何故だか気忙しく、休んだ気のしない日もある。確かに「パソコンを開かないこと」は、完璧なお休みの象徴的行為かもしれない。目の奥の奥、頭の芯の芯をかすかに滞らせていたような疲労まで、すっかり流れる感じがするからだ。

 まだ、お腹は空かない。食べることは外界と繋がる最も基礎的な行為――いつだったかカウンセリングで言われた言葉を思い出す。ということは今日の私は、今のところ、完全に引きこもっていると言える。家の中だけでなく自分の中に、完全に、安寧に。
 朝から感じている「順調感」の正体を探り当て、しばし満足感に浸る。

 仕事用の携帯電話が鳴った。急ぎの案件なのですがご都合はいかがですか、と尋ねる声。納期を聞いて引き受け、続けて詳細を聞きながら左手でパソコンを開く。当たり前のように、それは軽々と開いた。

#生活素描

よい一日を、お過ごしください(*^▽^*)