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アレクサンドロス・パパディアマンディス詩集


「美しい幽霊」に音楽をつけたもの 


1. 祈祷(聖歌集)

私の掌の血膿、それを私の眼へと持ち上げ、 
熱い涙を生贄に貴方へ供しよう。 
私の心は、蝋の様に、私の中で溶ける。 
私を憐れみ給え、神よ、慈悲を与え給え、我が神。 

あなたの慈愛は広い、大洋の様に広い。 
教会での私の祈祷は、あなたの聖徒に倣っているのです。 
あなたは、慈悲を持って地上に降り立つ前には、 
あなたのしもべの裁きを始めようとはなさらない。 

あなたの栄光は、空の様に果てしなく広がってます。 
あなたの前で、神よ、死すべき人間は何の弁明もできません。 
あなたの名前は果てしなく全世界を満たすのです。 
あなたは、私の魂を、窶れ果てた私の魂を憐れんでくださいます。 

私の存在は、破滅と暗闇に落ちてしまいました。 
私を憎む者たち、私の敵たちの笑い者となったのです。 
私の縁者たち、私の友たちは、頭を振り、ペチャクチャ喋って、 
私を蔑むのです。 

見る者は誰もが、私を辛辣に罵るのです、 
言葉の矢と剣が私に向けられるのです。 
ああ、いつ、主よ、いつあなたの怒りは止むのですか? 
夜明けの度に、私の口はあなたの称賛を唱えるのです。 

私の命は、あなたの前で無為に流れていきます。 
どの息も存在も、儚く閉じてしまうのです。 
私を、あなたの神殿の礎石とさせてください、 
私を、あなたの神聖な祭壇の前の燃え盛る灯火とさせてください。 

天上世界は、あなたの栄光を黙して示すのです。 
あなたを称えようと、私の唇は震えながら動くのです。 
ひび割れたバルビトスはどうしてハーモニーを出せるでしょうか? 
押しつぶされた魂はどうしてメロディーを口ずさめるでしょうか? 

私の魂は目眩を起こしています、ああ、永遠の創造主よ、 
あなたに供するものに、涙以外を、私は持っていません。
太陽の光線が露をすっかり飲み干す様に、 
慈悲が私に発せられると、私の涙は消えたのです。 

創造主に向かって、一心に叫んだ、 
地中の芋虫であり、病弱な子である、哀れな私が。 
衷心からの祈祷を遺棄しないで下さい、と 
神よ、ずたずたに破れた魂を拒絶しないで下さい、と。 

ああ、主よ、神々の中のどなたがあなたに似ておられるのですか? 
そして、あなたの両掌の中のどの人間が救われるのですか? 
私の祈りがあなたに歓迎されないのであれば、 
私の魂が涙に掻き暮れるままにしておいて下さい。 

あなたへ向けて私の両手を、あなたに向けて私の両目を上げるのです、 
私の燃える涙を生け贄としてあなたに捧げるのです。 
私の心は、蝋の様に、私の中で溶けるのです。 
神よ、私に憐れんでください、私の神よ、贄を召し上がってください。 

2. 堕落した魂

あなたは、私が空の上に登れるだろうとは少しも仰らない! 
空の輝く星々の中に上がれるだろうとは、少しも仰らない、 
暗闇を進む惑星へ私は登るだろうと、仰る、 
私の光輝は、あてもなく、死すべき人間へ送ることになるのだろうか?  

これからあなたがどうなるのか、よく知るにはあなたはまだ至っていない。 
ハデスの胃に真っ直ぐにあなたは飲み込まれるのだ。 
深淵から掘り出された土、あなたはその上を歩む、 
あなたの名声は、その中に墜落し、埋められた。 

すると、私は額を上へ向けた、額は青白く、輝いていた、 
私は、天の人に、ドームを測る様にお願いした。 
すると、突然に、あなたは俯せに倒れた、恐ろしい底なしの 
倒壊の底に、すっかり沈んでしまった。   

あなたは手を暁の女神エーオースに伸ばすと、すべてを取り囲み、 
そして、女神の代わりに暗闇の煤を抱きしめた。 
あなたの片足は、雲の上を踏もうとしてる、 
そして、冥界の王タルタロスを可哀想に転ぶ様に運命付けた。 

ああ、あなたは、もう、家で立派な品位あるものを見つけている、 
さらに激しく燃える炎があるのだ、 
あるいは、熱情の溶岩があなたを焚いている
あなたの墓へと降りるのだ、追放された者よ、降りるのだ。 

あなたの崩御に適う墓が建てられるだろうか? 
あなたの逝去には、小さな破片さえ取り去られてない。 
あなたの栄光も記憶も長く続かない、 
人々は歌ってあなたを騙すだろう、眠りなさい。 

波の中の水の一雫が占める空間はどれ程なのか? 
今、あなたの墓にふさわしい無限があなたを受け入れる。 
幾つもある無限の芽の中から、あなたは、久遠を求める、 
落伍者よ、それ故に、あなたには限りある時は与えられないのだ。 

ああ、あなたの苦悩の旋律はどう演奏されるのですか? 
ここでは、溜め息さえ、声さえ聞こえないのだ。  
ああ、あなたの死の為に、あなたを悼んで泣くのに、 
一つの目に一つの涙を借りてくるのを良しとする者がいようか! 

こだまは黙ったまま返って来ない、微風も音を立てない。   
墓のムーサは、真っ暗で真っ黒なたくさんの歌を 
早くも忘れたのだろうか? 
ああ、行くんだ、生贄の運命が偶然にあなたに当たったのだ。  


3. ある魂

  
 

天使、それは人々に言われている様に、 
人生の涯での道案内、その天使が、 
逝ってしまった魂を、知人たちのもとへ、 
最愛の思い出の場所へ、戻してくれる…、

私は、人殺しの魂だとして捉えられ、 
あるいは、生贄として首から引っ張られていくと、
定められているかの様に、人生の荷を、 
墓場へ向けて転がすのに倦んでしまった。 

私の戸を激しく叩くのは、誰の手なのか? 
骨が砕ける様な大きな音だ。 
耳は、どうやってこの大きな音を聞くのか? 
目は、どうやって暗闇を打つのか? 

私の生きた歳月は目の中に残っている、
私の最後の瞬間に、それをじっと見るのだ。 
私は、私の人生の日々にあった 
喜び、楽しみを、虚しく数える…、 

もし、あなたと共に、私が雲の上に上がり、 
あなたの手が、私を神に渡して下さるならば、 
私の魂は、後ろへ還り、 
それを見ている大地は、喜び続けるだろう。 

長年月埋もれたままの家を探す、 
最愛の人の家を探す、
荒地の真ん中に居る余所者の様に、私の魂は、 
鎖の輪を切った。   


      

4. 眠れる王女

   

宮殿を取り巻いて、深い藪と鬱蒼とした森、 
しかも、宮殿は見えない剣が守っている。 
深い眠りに落ちている彼女、 
彼女を人間の目は見ることがない。 

悪い魔法が彼女に懸けられたのだった、 
有名な王子が外国から来て 
彼女を見つけるまで、 
百年の間、目覚めない様にと。 

眠れる王女、あなたに 
ギリシャの人々が、優しい子守唄を 
神秘的な歌を送る、
そして、金の若芽のミルテを。 

眠れる王女、あなたは、でも、 
ひとりぼっちで眠るのではない。 
もうひとりの人が、ゲノスの右に、 
小さな金の夜明けを抱えている。 

十字架と剣が彼の側で煌めく、 
魂の群れがそこで羽搏いている。 
周囲には、聖人たちが住んでいる房の集まり、 
そして、天使たちが、彼の名の下で、手を差し伸べている。 

彼は私たちの希望、メシア、 
王女が眠っている地下の 
そのゲノスの復讐者、 
神知の聖者。  

王女は目覚めるだろう、そして、側に彼が、 
それに、青ざめた顔の聖人たちが、 
それに、真紅の血で胸が暖かい 
殉教者たちが居るのを喜ぶだろう。 

復活する前の今際の際に、 
これ程に苦しんだのだから、 
ゲノスの秘密の祭りであなたも見た、 
ハリスに、どうか、あなたも値します様に。 

そこで眠る、幾つもの季節、幾年も、 
あなたは、彼の近付きになりたいと願う、 
だが、彼の清らかさは、途方もない、 
最初からそうだし、これからも、そして永遠に。 

そして、あなたを、王女よ、殉教者の血が浄化する、 
そして、殉教者の吐く白い息があなたを浄化する、そして火が、 
それから、勇者の最初の眼差し、 
最も優しい眼差しが、あなたを目覚めさせるだろう。  

私たちの貧しさへ下された慰み、 
ゲノスが喜ぶ拵えもの、 
ゲノスの視線を辿り、 
時々刻々登る太陽を待っている。 


      

5. 美しい幽霊

   

愛と喜びの時が始まる。 
花々が薫り、露が滴る、 
自然、その丸ごとの美しさ、 
若さと命の祝いを、今、寿いでいる。 

小鳥たちが枝々で囀っている、 
目にはっきり見える妖精たちが花の冠を編んでいる、 
そして、女の子たちと男のたちが駆けている、 
そして、恋が彼らのすぐ側に立っている。 

この神聖な歌がずっと、 
完全なハーモニーのままであるのではない、一線の亀裂が。 

愛と喜びの時が始まる。 
そしてあなた、か細い、金髪の、黒服の女、 
あなたの顔、死者の弔いの 
蝋燭と同じ白、 

あなたの顔、枯れた百合、 
輝いて、悲しみを救う! 
あなたの目、黒い真丸な目は 
泥沼に深く沈んで、その底で輝く。 

あなたは、もう、あの神聖な創造物ではない、 
あなたは、優雅さを残している、美しい幽霊なのだ。 

愛と喜びの時が始まる。 
眼に見える妖精たちが、花冠を編んでいる。 
あなたのために、五月朔日は黒衣装、 
花たちは、悲しげに立っている。 

あなたにとっては、生命は、今や、輝いてはいない。 
頭上の空は、鉛色で、 
大地は悲壮で、平原は荒れ果て、 
春は、その宝の数々を隠している。 

北風が、悲しい歌の様に吹いて来て、 
若くして死んだあなた、美しい幽霊を悼んでいる。 

愛と喜びの時が始まる。 
私の魂はあなたに同情する、ああ、黒服の女! 
もう、私を見詰めないで欲しい、私を苛立てさせないで欲しい、 
あなたのその目で、私を殺すのは止めて欲しい。  

あなたから遠く離れて王になるよりもむしろ、 
あなたの側に居て、奴隷になる方が私はいい。 
空の館へ登るよりも、 
あなたの隣りの地面に落ちる方がいい。 

ああ! 私の可憐な枯れた創造物。 
私の魂はあなたに同情する、美しい幽霊!   


      

6. ヤナキニスとコスティンスのΓ.ラファタキス兄弟へ

   

泣くんだ、夫を亡くした女たち、親を亡くした子供たち、激しく泣くんだ。 
鐘よ、嗄れた音で鳴り響け、悲しげにだ、悲しみで張り裂けるんだ。 
そして、心よ、教会へ来るがいい。張り裂けるんだ。 
司祭たち、詠唱するんだ、悲しげに、そして、不幸な幼い兄弟に、 
とても愛されていた兄弟に、大海原の深底で不当にも死んでしまった 
兄弟に、聖典を読んで聴かせるのだ。  

貧しく慎ましい娘たちが、悲しみと優しさで 
コリボを飾る、そして、コリボの上に、幼い兄弟を 
とても愛されていた、ふたり抱き合った兄弟を描くのだ。    

「炎、そして苦痛、そして悲痛! なんて酷い惨事! 
私に降りかかったすべてのこと、これは他の母にも降りかかったのですか?」 
そして苦しみながら、切に願いながら言った、 
「南風よ、波を押しなさい、そうして、私の子供たちを起こしなさい!」  

南風は波を押した。波は膨れ上がった。 
波は巨大になり、山になった。そして、その山々は聳え上がる、 
甲板よりも高く、檣より高く、 
そして、船の檣より更に上から打ちつける。 
二つの山の間に、一つの狭間が口を開けている。 
船は粉々になる、押し潰される。波の山の間で激しく揺れる。 
船の救命艇は海の底へ、上では、波が猛り狂っている。 
そして、この母の二人の子供、とても愛されたふたりの子供の為の 
広大な墓、選りすぐりの墓が開いたのだ。 
この墓は、常に真新しいのだ、常に掘られたばかりなのだ。 

「だれか、海を飲んでしまって下さい、この大海原の波を。 
海岸の苦さを、外洋の海水を飲んでしまって下さい。 
私に降りかかったすべてのこと、これは他の母にも降りかかったのですか?」 
岩場から、老いたヴェネツァナが掠れ声で叫んだ。 
「私の子供たち、私を恋しがっているね、お前たち、私を待っているね。 
私の子供たち、探しに行くからね、気落ちしたら駄目ですよ。」 

これが懸命に働いて生きている人々なのだ、これが運命なのだ。 
読むのです、ハリストス教徒たち、詩篇を読むのです。 
「主の手にある、神秘に満ちた、混じり気のないワインの入った盃が、 
こちらに注がれ、あちらに注がれる。 
ワインが流れていくと、澱が残る。 
その澱を、罪深い、悲運の私たち皆が飲むのだ。」 
これが私たちの運命のすべてなのか? 悲嘆だけなのか? 
人間は、否定と大きな苦痛から出来ているのか? 


      

7. 苦しみの夜

   

私の不幸なこの両目を、 
あなたが静かに閉じさせて、 
私に眠りを、つらい休息を 
与えてくれるのは、何時なのか? 

耳を傾けるんだ! 荒野で 
ナイチンゲールは声が出なくなっているから。 
聞くんだ、フクロウを聞くんだ。 
フクロウが弔いの歌をやめた…

そして、神の花々、 
星たちが、弱っていき、 
消えて、つぎつぎと 
空の平原から落ちて行く。 

それに、人気のない海岸の 
陸で輝き、 
海底の底を照らす、 
漁火も消えていった。 

そして、リアリオは、それを遠くから 
もどかしく見詰めている、たおやかな彼女は、 
ガラス窓を閉め、姿を消す。 
ああ、彼女はどんな夢を見るのか…   

一人だけ、私が一人だけ、眠らずにいる、 
一人で、起きて夜を過ごす。 
私は、あなたに施しを求めるのです、 
夜よ、不幸な愛よ、光よ! 

そうなのだ、暗闇は神聖なのだ、 
そうなのだ、確かに、少しの眠りもなければ、 
静かな地上の上の夜明けの星は、 
兆しなのだ! …、 

夜よ、この深く無限の静寂の中で、 
私の同行者となれ。 
さあ、私の胸の中へ入るんだ、 
私につらい休息を与えてくれ。   


      

8. エパニノンダス・デリゲオルギスを偲んで    


私は、北風の所為で曲がりくねった野生のオリーブの樹、雪を被っている。 
私は、冬に咲く花、その私が目にするのは、人々が羨望する方が、 
青褪めて私の真向かいに落ちる様! …、ああ、こんな私でなければよかったのに!  

 

     

9. ケハリアの至聖女へ

    

おやさしい聖処女、有難くも、 
わたくしを、再び、あなたの神殿にお入れくださった、 
そこは、風がやさしい吹子の様に  
巨大なプラタナスに吹きつけていて、 
渓流の底では、泉がさらさらと流れ、 
その上では、おだやかな風がさらさらと音を立てている。 

様々な受け皿がある、あなたの美しい教会の丸屋根を 
太陽が翳るところなく照らす、
そして、ギンバイカと月桂樹が芳香を放ち、 
ローズマリーとギンバイカが咲く中庭では、
周囲を取り巻く様に、チロチロと泉が音を立てている。 

あなたの輝かしく美しい昇天の 
祈りの九日間では、 
わたしは、お祝いに、そっと、 
「ペピクレメニ」を歌いたかった。    

両腕で十字を作り、
目を閉じたまま、わたしは 
あなたのか細い姿を、見る、見惚れる、 
そうして、あなたの子息様は、その御手に 
あなたの染みひとつない魂を鳩の様に抱いている。   

そして、終末からの使徒たちが 
雲の上を飛んでいて、 
両手で十字を作った天使たちが、 
途方も無い奇跡を目撃している。 

二つの小窓よりも、家よりもずっと高く、 
頭巾を被った二人の若い修道士が 
開いた書物から身を乗り出し、こちらへ迫ってくる! 
そして一人が、「死を免れない人間の女、神の母」と書く、 
もう一人が、「天にあるあなたは何よりも広い、 
魂のある神殿の様に、神の玉座の様に…」と。 

おやさしい聖処女、有難くも、 
わたくしを、再び、あなたの神殿にお入れくださった、 
そこは、風がやさしい吹子の様に  
渓流に、プラタナスに吹きつける、霊妙に。  


      

10. クウニステラの至聖女へ

    

あまねくハリストス教世界で 
至聖女はただ一人、純真な、 
娘、少女、歌の中の歌、 
その手には、神である子、天使のパンで育てられる 
ハリストスはない。 

あなたは、ただ一人のクウニストラの至聖女、 
あなたは、スキアソスの島に顕現された、 
松の樹の上に座り、 
幼い少女たちがそうする様に、 
心地の良いハンモックに揺れていた。 

あなたは顕現された、そして、すべての民衆が 
香と、蝋燭を持って、 
あなたを、神聖な祈祷行列の先頭に置いた、 
そして、美しい白い教会を建てた、 
そして、ギリシャらしい小皿であなたを美しく飾った。 

太陽が、その全身で、あなたの教会を照らす、 
そして、その光が、真珠の様な光沢を教会に溢れ返らす、 
すべての星々が、強く輝き、 
そして、月は、やさしく、あなたの 
教会の簡素で小さな燭台を愛撫する。 

そして、少女のあなたは、人々の信心をご覧になる、 
そして、貧しさをご覧になり、憐れに思われる、 
ちょうど、ずっと昔に、あなたのご子息様、 
羊を持たない羊飼いが、まさにこの人々の 
先祖を憐れまれたのと同じ様に。 

そして、あなたは、病人を治すことを始めた、 
それに、取り憑かれた人々を治すことも、 
(その人々は、その内、恐ろしい衝撃で 
壁に打ち付けられるのだ)、 
そうして、女神よ、奇跡を起こすことを始めた。 

そして、あなたの恩寵は、平和なスキアソスの島の 
岩となって横たわっている、 
ああ、私の至聖女、乙女、生神女、花嫁。 
もしかしたら、あなたの恩寵が私の元へも届き、 
この私の罪深い魂にも平安を展げて下さるかも。  


      

11. ドーマの至聖女へ 

   

生命を私に齎らす泉、あなたは、 
あなたの深い川で、湧泉で、 
多くの魂、私の魂も涼やかにしてくださる、 
渓流の中、岩の間、山々で、 
下まで、海の波まで、 
あなたの水の大音響が、 
あなたの水液の轟きが聞こえる。 
あなたは神の都市。 
それに、清められた聖人の遺骸、
そこを、河の水流は転がりながら、 
楽しんでいる。 

あなたの祠は、小さく粗末だ、 
けれど、あなたの恩恵は、数が知れないし、終わりがない、 
終わりがない、ちょうど、あなたの泉の水が 
注ぎ出し、注ぎ出す、
その側から、音もなく、 
不思議なことに、水の流れは増えていくのと同じ様だ。 

窶れ果てた私の心に、 
あなたの温情が生命力を与えて下さればと願うのです。 

あなたは忘れられ、孤独になったけれど、 
岩の上に、あなたの祠が建てられている、 
この岩は、あなたの手が 
あなたの血で造った、と私には思われる。 
「ハデスの門も至聖女には敵いはしない」   


      

12. ピルギの至聖女へ

    

我より退きて、我に世を逝りて没する先に安んずるを得しめ給え。(詩篇 ダワィドの詠) 

ヨアキムとアンナを歓待しなさい、 
お二人は、可愛い女の子を儲けられた、 
ピルギの可愛い至聖女に万歳! 
人気のない海岸、その隅々までが喜んでいる、 
巌、波が荒々しく打ちつける 
大海に面した断崖が、 
その尾根に載る、芳香を放っている 
小さな祠のお陰で、喜んでいる。   

半分を岩の上に投げ掛け、半分を 
絶壁の上に投げかている野生の樹も喜んでいる、 
羊飼いも喜んでいる、笛を吹いてる、 
羊も喜んでいる、岩礁の上を走っている、 
子山羊も喜んでいる、嬉しそうに跳ねている。 

そして、宇宙全体が大喜びしている、 
そして秋、大地が、外国からの婚約者を 
何年も待って、やっと、時期を逸して  
昔、神の子を産んだもう子を産まない老婆が 
自分の老齢を喜ぶ様になる前に、 
彼を迎え入れた慎ましい娘の様に、 
若返るのだ。 

私の至聖女様、私が逝ってしまい、もはや存在しなくなるだろう前に、 
私に休息をお与え下さい。  


      

13. アセルノの洗礼者へ

    

アセルノの後ろ、渓流に 
高い山々が甘露を滴らす、 
すると、森の全体が生きている様に見える、 
多くのクロウタドリが歌っているのだから。 

アルセノの海岸の上、 
砂を運ぶ坂道に、 
奉献された教会と一緒に、小さな古い 
修道院が輝いている。 

ここでは、ザカリアとエリザベトの 
不妊の末の老年に得られた子種、 
栄えある洗礼者ヨハネの気品も色褪せて見える、 
ここでは、花がほころび、咲き、薫りを放っている。 

この森を廻って、野生の灌木、 
エリカやサンザシが生えている、 
そこは、不思議なダスカリオだ、 
そこ、樫の樹の洞の中から 
思いもかけない美しい泉が湧いて出る。 

昔、貴方の声が響いた 
あの荒野から、聖ヨハネ様、 
私たちを思い出して下さい、私たちを憐んでください、 
私たちは、人でいっぱいの荒野の中で、 
疲れ果てているのです。  


      

14. サロニキアの至聖女へ

    

都市の中心に 
港の正面に、その港の 
宝石の様な鐘塔と一緒に 
至聖女の教会が立っている。  

美しい教会、美しい聖画堂、 
輝く様に美しいイコン、 
礼拝にゆく教区民の美しい女性たち 
すべてが美しい。 

金の前垂れで飾られた聖画堂、 
銀盃花と月桂樹で飾られた合唱団席と信者席、 
着飾った乙女たちが至聖女を 
礼拝しに遣って来る。 

聖画堂の左には、 
目を見張る様な貴女の大きなイコンがある、 
すべてが銀、全体が、私の至聖女様、 
イコン側の燭台も銀。 

イコンの上には、奉納品の数々が 
吊り下げされている、小舟、二本帆船、 
小さな帆船、ボート、三段櫂船、 
どれも船長からの奉納品。 

昔の艦長たちは 
誰もが、教会に石で出来た 
決まった場所があった。誰もが 
主の座を取り巻く信者席があった、そして 
船乗りたちには、それをまた取り巻いて木の長椅子があった。  

彼らは至聖女に誓う、すると、至聖女は彼らに 
良い航海を与えて下さる、凪いだ海を。 
外洋にあっては、彼らは、至聖女に祈る、 
サロニキアの至聖女に祈る。 

貴女が私に救いの手を差し伸べて下さる方であれば、至聖女様、 
また、生きていくその労苦と困窮に 
喘ぐ人々にとって、貴女が、 
救いの手を差し伸べ、救い出して下さる方であれば、と願うのです。  


      

15. カストロの洗礼者へ

    

老婦人の一団の後ろに、 
雪片の連なりの後ろに、子供たちの後ろに、 
私も走りたかったのです、 
何時間も歩き、雲にまで行ってみたかったのです。  

そうです、私は、雲を貴方の教会に奉納したかったのです、 
「すべての誘惑から、悪魔から、 
熱病から、悪霊から、 
ああ、貴方の信者たちをお守り下さい、主の洗礼者様。」   

貴方に差し上げる、飾られた皿も椀も持っていません、 
持っていませんでした、 
ただ、白い紙に数行の詩を刺繍しただけなのです。 
主の洗礼者様、どうか、この私、貴方の僕を 
熱病から治してください。  


      

16. カストロのハリストスへ

    

何年も、何季も、そしてもう半季ほど、 
無学で、品のない罪ある男が、 
貧しい庶民の女が、 
貴方のことを深く考え、金ではなく、 
ほんの僅かの乳香と 
一本の蝋燭と瓶に僅かに入った油を携えて来た、 
すべての人へ与える人である、貴方へ差し上げ様と。 

貧しい女は、子供が病気になり、お金もなく、 
医者に払う余裕もない時、貴方を思うのです、 
あるいは、夫が舟と共に居なくなり、今にも 
溺死させそうと荒れ狂う波を見た時に、貴方を思うのです。 

貴方が一人で誰からも振り向かれない様に、 
貴方の教会が巌の上に建てられているのです、 
[その巌は、私にはその様に思えるのです] 
貴方は、その教会をそこに貴方の血で建てられた、 
ハデスの門もこの教会には敵わないのです。    






僕の母へ向けて

 

母さん、僕は不幸な、黒ずんだ山鳩なのです、 
風が打ちつけます、雨が惨めにさせるのです。 
不幸です! 旋回しても、真っ直ぐ行っても、 
留まる石も休む枝も見つけられないのです。   

僕は、一層だけの小舟、打ち毀たれた小舟なのです、 
広々した海の中を、泡だった海の中を、 
僕は、帆もなく舵もなく、航行するのです、 
貴女への祈り以外には、僕は、何の望みもないのです。 

深い海へ沈む前に、母さん、僕は、 
貴女の甘い懐へ停泊したいのです。  

お母さん、僕は行きたかったのです、出発したかったのです、 
旅立ちたかったのです、そして、遠くから僕の宿命の扉を俯瞰したかったのです。 
運命の女神の悲しい王国へ足を踏み入れ、 
僕の運命を見つけ出し、それに問い糺したかったのです。 

運命の女神に言うのです、僕の苦しみは、多過ぎて、辛すぎる、 
まるで、海を閉じ込める網、海藻や砂の様だと言うのです。 
それに、僕の運命も、至聖女を拒み、まるで信じない 
黒い魂の様に、辛いのだと言うのです。 

すると、運命の女神は答えます、弁明したのです。 
「あなたが生まれた日は、運悪く、太陽がありませんでした。 
他の人たちは花を手にしましたが、あなたは根を取ったのです。 
あなたを創造した神は、他の運命を持ち合わせていなかったのです。」   


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