[アイロボ]3章 アイロボ1

僕は、幸彦の話を終えた。
今も思い出すと胸が締め付けられる。
よしさんは、黙ったまま僕を見つめていた。
溢れ出す涙をふくことをしないでいつかのあの時の男みたいに。
「僕は今までそんな風に人の死と向き合ってきたんです。人の死は僕に何かを残していくんです。だけど出来ればそんな風に何度も人の死には僕は向き合いたくなかった」
僕の言葉によしさんは沈黙のまま、満月から少し欠けた月を見上げた。
沈黙が辺りを包む。

僕は、こんな風に誰かに自分の事を話した事があるだろうか?
話を聞く事はあっても自分の話などした記憶はなかった。
「そうすけ」
その瞬間、僕はよしさんの腕の中にいた。
「おまえも辛かったな」
頼もしくて暖かくて優しい匂いがした。
「おまえも失うものがあったんだ。大切なものがあったんだな」
震える声で震えるよしさんの腕が、僕の心を振動させた。
「うん。わかるぞ。わかる。おまえの痛みが。おまえの悲しみが」
よしさんは、なんだかオーバーなくらいに僕の背中を叩いて泣いていた。
「よしさん痛いよ」
「悪い。悪い」
そういって離れたよしさんは、泣きながら笑っていた。
よしさん得意の甘い表情だ。
僕も何故か笑っていた。
同じ痛みを分かち合ってそこに絆を感じた気がした。
そして小さな幸せを感じた気がしたんだ。

「さぁ、そろそろ行くか」
「何処へ?」
「決まってるだろ?隆のとこだよ」
よしさんは、そういうと立ち上がった。
もうそんな時間か。
僕は公園の時計を見上げる。
話している間に随分時間が過ぎていたようだ。
よしさんと新宿西口のロータリーに向かう。
各方面への夜間バスがロータリーを中心に待機し、旅行バックを持った若者がウロウロしている光景が目についた。
よしさんは、隆を探す。
群れの中に姿をみつけよしさんは近付いて行った。
隆を囲むように源さんや他のホームレスがいた。
周りは、関西の訛り強い言葉が飛び交っていた。
ホームレスの異様な集団をお構いなしにお喋りに夢中になっている。

「よしさん遅いぞ」
「悪い悪い」
「これで皆集まったな」
源さんは周りを確認すると何やら改まって周りに目配せをした。
そうするとワンカップを手にして隆を囲んだ。
「隆の新しい門出に乾杯」
ワンカップ隆に向かって掲げる。
輪の中心で隆は笑っている。
会社から逃げてきた時のスーツだろうか?
ビシッとスーツを着込み、伸びていた髪も切って、立派な男に見えた。
はじめの頃にみた弱々しさは今は感じない。
今までみた事のない笑顔を浮かべ、周りの皆を1人1人みている。
よしさんも源さんも他のホームレス達も若い隆を見て新たな門出を心から喜んでいるようだった。
こうしてみていると近所のオヤジが集まって送別会を開いているようなそんな和やかな空気が流れていた。

でもここは新宿で、高層ビルが立ち並ぶ近代的な場所なのだ。
周りもその様子に気付いて少し遠ざかる。
「よし、じゃ隆からひとこと」
ワンカップをちびちびやりながら少し酔ってきた源さんが隆の肩に手を置いた。
「なんていうか、ここにきて僕は正直もう人生を諦めていました」
そのひとことで辺りが静まり返える。
「でもここでの人生もそんなに悪くもないなって思ったんだ。こんな僕でも皆受け入れてくれた」

隆は、少し寂しそうに最後の言葉が小さくなる。
「よしさん、源さん、それに皆。僕を受け入れてくれてありがとう。本当にありがとう」
隆の言葉に涙声が混じった。
「何言ってんだ。俺達は何もしちゃいねぇさ。なぁ」
源さんは周りに同意を求め皆合いの手をいれる。
「ううん。僕は上京してから心を許せる人なんていなかった。会社の人以外、知り合いと呼べる人はいなかったし、会社の奴らも僕を嫌ってた。僕は1人で闘ってると思ってた。だけど、違ったよ。違ったんだ…」
空気が少ししんみりする。
「僕はそれに気付いた。僕は故郷に帰るよ。僕の帰る場所は、やっぱりあそこしかない。こんな僕を受け入れてくれるかわからないし、そりゃ不安だけど、少なくとも僕には大切な場所だし帰る場所なんだ」
その言葉に周りのホームレスのすすりなく声が聞こえてくる。
「大丈夫さ。きっと大丈夫。隆の帰りを待ってる奴がいる。だから隆。そいつらにおまえの元気な姿を見せてやれ」
そう言ったのは、よしさんだった。
表情は何処か寂しそうなのにそれを隠して、力強く隆に言葉を贈った。

「まぁあれだな。あっちについたら手紙の一枚でも送れや」
そう言ったのは源さん。
「源さん僕らホームレスですよ。第一今時手紙って。今時メールですよ。メール」
そう仲間が突っ込む。
「新宿中央公園って書けば届くんじゃないのか?第一そのメールって奴だって携帯がないとダメだろう?」
「そうですけど、パソコンのメールでも大丈夫なんですよ。それなら俺達だってネットカフェに行けば見れる」

「俺にはわからん。じゃ俺から電話してやる。隆、実家の電話は?」
「源さん、家には固定電話は置いてないんですよ。自分の携帯はすてちゃったし」
「なんだって。じゃどう連絡取ればいいんだ。お前の親の携帯に掛ける訳にもいかんだろ?」
「それなら新宿御苑のあいつに頼めばいい。あいつは携帯持ってる筈だからそこに連絡しろ」
よしさんは、走り書きにした電話番号を隆に渡す。
「必ず電話します」
隆は、それを大切そうにしまった。
「あとこれは皆からさ」
よしさんは、そういうと何か取り出した。
よしさんの手には、御守りが握られていた。
隆はそれを受け取る。
「なぁよしさん。なんで恋愛成就なんだ?」
源さんがつっこみを入れる。
「まぁなんとなくだよ。ここのは効き目があるらしい」

「就職祈願とかの方がいいんじゃねぇか?」
「源さんいいんです。皆の気持ち嬉しいです」
そう言ってまた涙ぐむ。
「おまえがそういうならいいけどよ」
そんなやり取りをしてる内に出発の時間が迫っていた。
周りで騒いでいた若い人達はバスに乗り込んでいく。
「僕、行くよ」
そう言って少ない荷物を手に持つ。
「ちょっと待て」
そう言ってよしさんは、隆の手を掴み引き寄せ強く抱きしめた。


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