[アイロボ]4章3 孤独 優介3

私が小さい頃、父が大切にしていたこの時計を壊した事があったんです。
普段めったな事じゃ怒らない父がこの事には凄く怒って、私家飛び出してこの公園にきていたんです。
1人でこの公園にきたのは、その時がはじめてだったんです。
酷く混乱してて心細くて不安だった。
いつも父ときていた時は楽しかった公園にいる事が酷く怖かったんです。

しばらくして父がきました。
何も言わずに私の隣に座って暫くずーっと私の隣にいたんです。
何も言わなかったけど凄く安心して、公園からの帰り道オレンジ色に染まった空と私と父の影。
もう父はいないんですね。
いないんですよ。
あの手のぬくもりも父の声も。
父は死んだんです。

私の中に残ったのは父との思い出だけ。
何故か怒られた時の事ばかりを思い出しちゃうんです。
なんでですかね?
私は今からだって父との思い出を作りたかった。
私の子供が大きくてなる姿を父に見守って欲しかったんです。
ずーっと続くものだと思ってた。

まだ父と一緒にいれると思ってた。
それに父にしてあげたい事もあったし、家族で笑いあっていきたかった。
でももうその願いは叶える事が出来ないんですね。
私に残ったものは思い出。
たったそれだけ。
だけど、その思い出が私を幸せにもしてくれるし寂しくもさせるんです。
死とはきっとそういう事なんですね」

そこまでいうと娘は顔をあげ優介をみつめた。
俊夫によく似た優しい目をしていた。
「私はあの子が父の事を覚えてくれてたらそれでいいと思っています。懐中時計と一緒にあの子の記憶に存在してくれるだけでいい」
寂しげな瞳はやはり俊夫の影をちらつかせそこに俊夫がいるような気がした。
そして俊夫が託したかった思いを僕は手のなかにある懐中時計にしっかりと感じていたんだ。

娘は立ち上がり握手を求めた。
何も言わず僕の目を見つたまま。
それでも娘の悲しみや色んな思いを僕は感じた。
きっと泣きたかったに違いない。
しかし娘は話ている間も涙をこらえていた。
それが逆に彼女の悲しみをあらわしてあるようで僕は辛くなった。
それでも彼女の手を強く握った。
娘は何かを感じとり公園をあとにした。
僕はそのままベンチに座ったまま懐中時計を見つめた。

細かい細工がされた綺麗な金の時計だった。
俊夫は大切にしていたのだろう。
所々にキズがあったりするがそれが風合いを醸し出していて俊夫が生きてきた人生を感じさせた。
今もなお力強く時を刻み続ける秒針。
この先もずっと優介と共に時を刻み続けるのだろう。
時計を開けるとそこには40年前の日付と俊夫と奥さんと思われる名前が刻まれていた。

40年という月日と奥さんから俊夫への思いそして俊夫から優介へ託された思い。
僕はその重さを考えた。
きっと色んな事があったに違いない。
奥さんと出会い結婚し子供産み育て喧嘩したり笑いあったり辛い時も幸せな時もこの時計は時を刻み続けたんだろう。
そうして受け継がれる思いがある歴史がある。
僕はそれを知っている。

そう思いをはせていると優介が僕の肩を叩いた。
もう夕暮れが近づいていた。
僕は懐中時計を優介の首に掛ける。
「あのおじさんから?」
優介はそういった。
「もうおじさんはいなくなっちゃったんだよね」
こういう時子供の勘の鋭さにびっくりする事がある。

「うん」
僕がそう答えると優介は僕の手を握った。
その手から優介の悲しみを感じとり僕はそっと優介を抱きしめた。
胸の中で優介の小さな泣き声が聞こえてきた。
俊夫がいなくなった事をどう受けためていいかわからないそんな泣き方だった。

それからしばらくして僕達は公園をあとにした。
オレンジ色に染まる街に僕と優介の長い影ができた。
僕はその影に俊夫と俊夫の奥さん、そして娘の存在を重ねた。
こんな夕暮れのなかを奥さんや娘と並んで歩いていたのだろうか。
そこに俊夫がいうように幸せがあったのだろうか。
当たり前の日常が一番幸せだといった俊夫の言葉を思いだし胸がざやめき夕日が霞んだ。

それからしばらくして優介の両親は離婚した。
優介は母親に引き取られ僕は解雇された。
僕は優介の側にいてあげたかった。
だけど僕はただの雇われたロボットに過ぎない。
家を引っ越すと共に優介とわかれた。
わかれの日、優介は俊夫の懐中時計をぶらさげ物静かにしていた。

あの時、優介は何を思っていたのだろう。
俊夫の死そして両親の離婚。
優介の表情からは何もくみとる事は出来なかった。
俊夫がいったように感情をなくす事で優介は自分を守ろうとしたんだろう。
いつか優介も笑える日が来るのだろうか?
僕は何もしてあげられない。
ただ、僕に出来た事は優介を抱きしめる事だけだった。

小さな身体から感じる確かなぬくもり。
そして優介は最後にこういった。
「僕、おじさんの事もアイロボの事も忘れないよ」
小さな身体を震わせてそういったんだ。
あれから優介がどうなったかは知らない。
どう成長しどういう人生を歩んできただろう。
僕に知るすべはなかった。

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