[アイロボ]5章1 源さん

どれくらいそうやって思いに更けていたことだろう。
日は登り街は暖かな陽気に溢れていた。
1人でいた子供に母親が駆け寄りきつく抱きしめていた。
子供はそれとともに大きな声をあげて泣いていた。
子供らしい泣き方だった。
しばらくして2人は手を繋ぎその場をあとにした。
それにしても今日は暖かな日だった。
穏やか時間が流れるこの場所で引き寄せられるように人が集まりそれぞれがそれぞれの時間を過ごしていた。
その暖かな日射しのなかで穏やかな時間を過ごしているとホームレス仲間の1人が僕の元に駆け寄ってきた。

「よしさんは?」
何処か切羽詰まったような口調だった。
「よしさんは何処かに出掛けました」
「くそっこんな時に」
「どうかしたんですか?」
「どうかしたもこうしたもねぇ、源さんが刺されたんだ」
一瞬何が起こったかわからなかった。
「とりあえずついてこい」
僕はその男のあとをおった。
源さんが刺された?
まさか。何かの間違いだろう。
間違いであってくれ。
僕たちは、高層ビル群を抜け人混みをかき分け金券ショップが立ち並んでいるエリアにきた。
人が避けるようにその場所に空間があった。
まるで俺達には関係ないとばかりに先を急ぐ人々。
一瞬視線を移してもすぐにその場を立ち去っていった。
ここはそういう街なのだ。
ことある事に足を止めていたら前に進めない。
空間に視線を移すとそこに源さんはいなかたった。
あるのはおびただしい量の血だった。

血の海。
そういっても過言ではなかった。
これだけの量の血を流して人は生きていられるものだろうか?
「源さんは?」
男はその場にいたホームレス仲間に問いかけた。
「病院に運ばれたよ。1人付き添いでいった」
「わかった。そうすけ、おまえはそいつと病院まで行ってくれ。俺はよしさんを探してくる」
男はそういったと同時に走り出していた。
僕はもう1人の男と病院にむかう。
高架下を抜けて歌舞伎町の裏通りを抜けたその場所に病院があった。
看護師に案内してもらったのは手術室の前だった。
僕はその男と椅子に座っていた。
二人の間に会話はない。
あったのは重苦しい空気だけだった。
病院独特の鼻をつく匂い。
そしてバタバタと慌ただしく動きまわる看護師。
僕は何度かこういう場所に立ち会った事がある。
思うのはただひとつだけ。
どうか無事でいて欲しい、生きていてくれ。
それだけだった。
死に直面するとその人の存在の大きさを否応なしに感じてしまう。
その人をもっと大切にすればよかったと悔いはじめる。
喧嘩しても憎まれ口を叩いても、いなくなってしまう予感がした時、生きていて欲しい、それだけ思うんだ。
源さんは、ホームレス仲間じゃ一番年上だったが、誰よりも明るく誰より元気だった。
そんな源さんは、こういった。
歳をとると怖いもんはなくるんだと。
そういって少年のような顔をして源さんはいった。
その時、よしさん達が息を切らしてやってきた。
「源さんは?」
「まだ手術室です」
そう僕がいうとそうかと力なく言って僕の隣に腰をおろした。
またしばらく重苦しい雰囲気が続いた。
よしさんは強く拳を握り微かに震えていた。
「よしさん?」
僕は拳を見つめながらよしさんに訪ねた。

「なんでもね」
そういつも明るいよしさんが重苦しい声でそうこたえた。
「くっそー。どうして源さんがこんな目にあわなきゃいけないんだ」
仲間の1人が突然立ち上がりそう叫んだ。
「やめろ。ここは病院だぞ」
「だってよ。どうして源さんが狙われなくちゃいけなかったんだよ。なんで源さんが」
そういいながら男は力なく腰をおろした。
「おまえの気持ちはわかる。だけど今は源さんの無事を祈るしかないだろ」
その時、手術室のドアがあき看護婦が現れた。
「なんとか、命はとりとめました。あとは意識が戻るのを待つだけです。あとで先生から説明があります」
そう事務的にいうと手術室に戻っていった。
「よかったな」
そう仲間内で喜びあう。
しかし、よしさんの表情は何処か険しかった。
しばらくして医者と看護婦、そしてベッドにのせられた源さんが現れた。
チューブや医療機器は取り付けられておらず顔色もよく思いの外重症ではないようだ。
医療は一礼すると皆の顔をみた。
「傷はたいしたことありません。ただ歳が歳なので意識を取り戻すまで時間が掛かるかもしれません」
「大丈夫なんだな」
仲間の1人がいった。
「はい。意識が取り戻して少し入院すれば大丈夫でしょう」
それを聞いて皆肩を撫で下ろす。
そして源さんが運ばれる方へ歩いていった。
ただ、よしさんはその場にとどまった。
何やらまだ医者と話があるようだった。
元医者として色々聞きたいのだろう。
僕は少し離れた場所でよしさんを待った。
「久しぶりだな」
そう、医者が切り出す。
「ああ」
知り合いだろうか?
二人の間に重苦しい雰囲気が漂う。
「どうしておまえがここに」
よしさんが尋ねる。
「まぁ色々あってな。最近ここにきたんだ。それよりおまえこそどうしたんだよ」
「まぁ、俺も色々あってな」
「それは知ってるよ。なんでこんなとこでおまえと再会しなくちゃいけないんだよ。それもあんな連中と一緒なんだ」
「その事は話したくない。患者の容態を教えてくれ」
「さっき、いった通りだよ」
「俺を騙せると思っているのか?」
「…」
「おい」
「場所が悪かった。あと少しずれていたら致命傷となっていた。プロの犯行だろうな。患者は反射的に身体をずらしたんだろう。あとは患者の体力次第だろうよ」
「やっぱりか。ありがとう。そうすけいくぞ」
「おい。吉田。まだ話は終わっていない」
そういう医者から逃げるようによしさんは足早にその場から立ち去ろうとした。
「待って、よしさん」
よしさんの後をおう。
医者が見えなくなる場所まできた。
「あいつは昔の同僚さ」
そう一言いっただけ他に何か語ろうとしなかった。
そして源さんのところには行かず一階ロビーを抜け病院の裏にきた。
「よしさん、源さんのところにはいかないの?」
僕が尋ねるとよしさんは険しい表情で僕を見つめた。
「そうすけ、よく聞くんだ」
僕もよしさんの目を見つめかえす。
「いいか、この前きた道のりから新宿御苑を抜け新宿南口に出てこの場所にいくんだ」
そういわれて渡されたメモ。
そこには神奈川のとある場所だった。
「駅についたら公衆電話からその番号にかけるんだ。俺もあとでいく」
そしてよしさんからお金を受けとる。
「そんな顔するなよ。源さんのことはこっちでなんとかする。そうすけは何も言わずにその場所にいくんだ」
突然のことで意味がわからない。
源さんのことが心配だが今は従う他なさそうだ。
僕が歩き出そうとした時、よしさんに抱き締められた。
「大丈夫だ」
そう耳元で囁かれた。
それは自分に言い聞かせてるようにも聞こえた。
よしさんは、手を離すと僕は歩き出した。
微かに感じたぬくもりを残して僕は進む。

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