[アイロボ]2章3 アイロボ後半3

「そうすけ、やってみろ」
そういわれてよしさんを相手に見様見真似で靴磨きをしてみた。
「なかなか筋がいいじゃねぇーか」
誉められて悪い気はしない。
「だけどなもっと丁寧に素早くやるんだ。俺のやり方をみろ」
そう言って僕はまたよしさんが仕事をする様子をみていた。
確かによしさんは、丁寧だが素早く作業をこなしていた。
あっという間に靴を仕上げていく姿は、職人のような自信が垣間見えた。
「ここにくる客は世間の荒波で戦っている。それを労うように仕事をするんだ」
よしさんは、僕をまた呼び寄せそう言った。
「次の客は俺の常連だ。やってみな」
僕はよしさんに言われたように気持ちを込めて靴を磨く。
「新入りかい?」
常連らしき客が話しかけてきた。
「はい」
「そうかい。若いの頑張りな」

重厚な声の主が僕を労う。
恰幅がよく仕立のいいスーツに光沢のある黒の革靴。
高そうには見えないが値の張るものを身につけている。
僕は、殆ど汚れのない靴をよしさんに言われたように磨いた。
黒さを増した革靴をみて自分でも惚れ惚れとする。
「ありがとうよ」
そう言って代金を僕の手のひらにのせ忙しそうに去っていった。
「あの人は、元々ここでホームレスをしていたのさ」
そうよしさんが言った。
「今じゃ中規模の社長だよ。はじめの頃は相当苦労したらしいよ。そりゃそうさ、何もないとこから始めた会社だ。それもホームレス。そこから這い上がるには相当の苦労だよ。だけどな、あの人はやり遂げたのさ。ここにくる度にもう元には戻らねーって奮起するらしい」
よしさんは、僕の隣に来て道具の手入れをしながら語ってくれた。
「別にホームレスが悪かったとは思わねー、だけどそこに戻るくらいなら死ぬ気で頑張るんだ。とここにくるとそう言っていたよ。はじめは量販店で買った安いスーツで走り回っていた男がよ、今じゃこれだもんな。人間やろうと死に物狂いでやればなんだって出来るもんさ」

僕がはじめてとった客にはそんないきさつがあったのか。
そう関心してると遠くの方から源さんがくるのが見えた。
源さんは僕達を見つけると慌てた様子で話し掛けてきた。
「おい、よしさん。隆がここから去るってな」
「あぁ、聞いたよ」
「俺は、急でびっくりしてしまってよ」
「俺もさ」
「まぁでも良かったんだよな」
源さんは確認するかのように頷いた。

「それよりそうすけは、靴磨きの修行かい」
「そうさ、そうすけも生きていかなきゃだからな、ガッハッハ」
よしさんは、何故か急に笑い出した。
「あっそうだ、そうすけ。俺はちょっと用事があるからおまえはここで仕事続けていろ」
よしさんはそう言った。
「じゃ頼むぞ」
そう言ってよしさんは何処かに行ってしまった。
「よしの奴急にどうしたんだろうな?」
源さんは不思議そうに首を傾げた。
「さぁ」
僕がそういうと源さんも背伸びをして歩き出した。
「んじゃ俺も一仕事してくるよ。そうすけもしっかりやるんだぞ」
源さんがいなくなって独りきりになってしまった。
とりあえず靴磨きの道具を手入れしながら客を待つ。

僕はそのおじいちゃんをみて昔の事を思い出した。
「若いのどうした?」
その声に慌てて僕は作業に取り掛かる。
「いつもの奴はどうした?」
「よしさんですか?今は用事で出掛けました」
「そうか。おまえには家族がいるのか?」
「僕は…」
「そうか、そうか。まぁいい。俺はな」
質問したおじいちゃんだったが、僕の事はどうでもいいらしい。

それを皮きりにおじいちゃんは話し出した。
天気の話、家族の話から今の社会の話。
僕の仕事が終わってもタバコを取り出しまだ喋っている。
話す相手が欲しかったのだろう。
おじいちゃんの話の様子じゃ一人暮らしで家族もたまにしか寄り付かないらしい。
それも昔の知り合いは亡くなり妻にも先立たれたという。
こうして話相手をみつけると声をかけてしまうのだという。
それから30分くらい喋って去っていった。
そのあと何人かお客をこなしていると前にみた事のある男がいた。
バンドに絡んでた堅気にみえない男だ。
「おい。兄ちゃん何してる?」
僕をみると絡んできた。
「ん?ちょっとまてよ。おまえよしさんと一緒にいた奴か?」
「はい」
「そうか、そうか。今日は一人か?」
「はい」
男はそれを聞くと僕の隣に腰を降ろした。

「おまえは、最近ここに来たんだろう?」
「そうですね」
「よしさんが昔何をしていたか知っているか?」
「いいえ」
「そうか。よしさんはここにくる前まで医者をしていたんだ。俺の親父っさんをよしさんに助けて貰ってからは俺がよしさんをみているのさ」
男はそう言った。
それで納得がいく。

それにしてもいつも豪快で能天気なよしさんが医者だったなんて。
「驚いたろう。まぁ普段のよしさんはあんな感じだからな。どっかの大きな大学病院にいたらしいよ」
それは紛れもなくよしさんの事情だった。
だけど、どうして今ここにいるのかという謎はわからない。
ここにくるまでの過程で何があったのだろうか?
「まぁ、ここにくる奴は色々事情があるものさ。深く聞かない事だ」
僕はその言葉でよしさんの事情を考えるのをやめた。


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