[アイロボ]2章2 アイロボ後編2

屋根のある場所を探しているようだ。
階段の下を確保するとダンボールを引きビニールシートの上に毛布を引いてよしさんは寝袋の中に入った。
酷く静かな夜だった。
しんしんと降り続く雪は、全ての音を吸収して地面に落ちてるようだった。
あんなに賑やかだった宴会も終わってなんだか寂しい気持ちがした。
よしさんは、もう寝てしまったんだろうか。
寝袋だけで寒くないんだろうか。
僕はこの2日間を思った。

僕が全く知らなかった世界がここにある。
今まで目にしなかった現実がここにある。
遠いようで身近にある現実をみないようにしていただけなのか?
僕は急に家が恋しくなった。
帰る場所などないんだけど家があって寝る場所に困らないという幸せを僕は知った気がするんだ。
僕は寝なくても平気だし、寒さも飢えも感じる事はないけれど、それでも帰る家がある待つ人がいるという幸せがあるんだという事を知った。

どちらかというと僕は待つ方だけど。
寝る事はなくても僕にはスリープ機能というものがある。
これを使うと思考が止まり充電モードになる。
まぁ人間の寝るという状態に近いのかもしれないけど。
スリープ機能を作動させる。
徐々に視界が薄れふわふわ浮いたような感覚になり思考が止まった。

朝目が覚めると辺りは薄く雪が積もっていた。
さすがに白銀の世界とはいかない。
よしさんの姿はなく辺りを見回すと眩しい程に晴れ渡った空があった。
薄く積もった雪の中に足跡をみつける。
足跡の傍からグレーになる雪をみてなんだか悲しい気持ちになる。
だから東京の雪は嫌いだ。
美しい白い世界をすぐにグレーに変えてしまう。
それはまるでこの街の汚さを表しているような感じがする。

この寒い中顔を洗ってきたと思われるよしさんが溌剌とした顔で僕に歩み寄ってきた。
「寒くないんですか?」
僕はそう問い掛ける。
「寒いに決まってるさ。だけどここの生活を続けていると慣れていくものさ。生き物はそうやって適応して生き延びていくのさ。ガッハッハ」
そういって豪快に笑った。
昨日のシリアスさは全くない。
それと同じように晴れ渡る空をみていると空はよしさんの感情が空に現れているんじゃないかと思う。

「さっサッサと支度して出掛けるぞ」
そう、よしさんが言った時だった。
ザクッザクッと誰かが歩いてくる音がする。
その足音に目を向けるとそこには隆がいた。
「よー隆」
よしさんは、気楽に隆に話し掛けた。
「昨日は悪かったな」
「いえ、いいんです」

「そうか、良かった」
「よしさん」
「ん?どうした?」
「昨日あれから色々考えたんです」
「そうか」
「僕一度実家に帰ろうと思います」
「…」
よしさんは、それを聞いて一瞬沈黙する。
「いついくんだ」

「今夜夜間バスで。こういうのは早い方がいいと思って」
「そうだな」
「僕は、本当は迷っていたんです。ここにきてこんな僕でも受け入れてくれて仲間って感じがして」
一言一言丁寧に言葉にしていく。
「僕だってこのままじゃダメだって、本当は家族の元に帰りたいって思っていました。だけどやっぱり色々考えると僕を受け入れて貰えないんじゃないかって、そう考えるとずーっとここにいてもいいかなって。でも僕は甘かったんですね」
隆は、目線をあげよしさんの目を見据える。
「例え勘当されても僕は行きます」
その目は覚悟を決めた男の目だった。
「おう。皆には挨拶していけよ」
「はい。よしさん、色々ありがとうございました」
隆はそういってよしさんに一礼する。
「元気でな」
よしさんは寂しそうにそう言った。
隆もまだ何かいいたそうにしていたが、手を振りその場を去ってた。

あっという間の出来事で僕自身も面食らっている。
「若さだな」
よしさんは隆の姿が見えなくなってからそう言った。
「歳を取ると余計な事ばかり考えてあんな風に動けないもんだよ。やっぱり隆は若い。いくらでも人生のやり直しがきくのさ」
「でも両親は、隆を受け入れてくれますかね」
「それはわからねー。だけどよ、あいつはまた1人でもきっと立ち上がれる。きっと立ち上がれるさ」
よしさんは、そう力を込めていった。
それをみてるとよしさんも人の親だったんだと感じる。
見守る事、信じる事が出来る人なのだと。
よしさんの背中が大きく見えた気がした。
「よし、そうすけ。今日も一仕事してくるかな」
そう言って朝の光を浴びて立ち上がった。
キラキラと光る太陽が僕達を照らしていた。

その日は前日と同じように靴磨きに行きその後ろでよしさんの様子を見ていた。
いつもより口数の多いよしさん。
でも何処か上の空だ。
きっと隆の事を考えてるに違いない。
よしさんは人情深い人だとずーっと一緒にいてわかっている。
人一倍感情が豊かな事も。
口には出さないが隆がいなくなる事を寂しく思っているに違いなかった。

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