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[アイロボ]1章1 アイロボ1

目を覚ますと僕は、そこにいたんだ。
ここが何処なのか、僕が誰なのかぼんやりする思考の中で僕は考えた。
でも答えは出てこない。
辺りは暗くここは、公園のような場所だった。
空を見上げると高層ビルが立ち並びその隙間から星が見えた。
それは不思議な光景だった。
「おい、おまえ」
星を見上げていた僕の視界を男の顔が遮る。


「何してんだよ。こんなとこで」
そんな事を聞かれても僕はわからない。
僕は、どうしてここにいるんだろう。
思いだそうとするが何も思い出せない。
「まぁなんでもいいけどよ、そこ俺の寝床なんだわ」
そういって僕の後ろの方を顎でさした。
そこには、ダンボールと青いビニールシートで出来た小屋のようなものがあった。
「おまえどいてくれねえか」
僕は、身体を起こし男を見る。
歳は40代半ばといったところで、服装は使い古したジーンズと何年も着ているようなヨレヨレのTシャツに黒のダウンジャケットといういでたちだった。
がっしりした体型で身長も高く、顔はハンサムといっていい部類だった。
僕は起きて小屋のような場所から少し離れたベンチに腰をおろした。
男は、小屋に入ろうとしたが、僕を見て動きを止めた。

「小僧どうした?帰らないのか?」
「…」
「帰る場所がないのか?」
黙っている僕をみて男は何を思ったか余っているダンボールと毛布を黙って差し出した。
「今夜は冷えるぞ」
そういって男は自分の小屋に入っていった。
僕は、ダンボールと毛布を持って辺りを見回す。
辺りは男の小屋と同じような小屋のようなものがありそこをねぐらにしている人が何人かいた。
高層ビルの中にオアシスのような空間とそこにいる人達の対比が不思議な雰囲気を醸し出している。
僕はベンチに寝転ぶ。
ビルの谷間に見える満月と寒さで透き通った夜空に散りばめられた星。
そこはまるで宇宙の中に寝ころんで漂っているようなそんな感じがした。
多分ここは、新宿の高層ビル群の中だろう。
高層ビルにぼかんとあいた空間にカフェやレストランがひしめきあっている。
噴水の傍に時計があり短いはりは真上を指していた。


「おい」
僕は声の方に身を起こすとさっきほどの男が立っていた。
「お前も飲むか?」
そういってワンカップを差し出した。
「僕は飲めないんです」
「最近の若い奴はこれだから」
「違うんです」
「何が違うんだ」
「僕は、ロボットなんです」
「ロボット?」
「そうロボットなんです」
男は驚いた様子で僕をまじまじとみる。
「最近のロボットはよく出来てんな」
そういって僕を触りはじめた。
「俺がホームレスじゃなかった頃はまだ立つ事しか出来なかったのによ」
男は満足したのか僕の隣に座り手に持ったワンカップをチビチビ飲み始めた。
「俺は吉田っていうんだ。この辺りじゃよしさんって言われてる」
男は、唐突に自己紹介をした。
「おまえは?」
「アイロボ」


「なんだ。いいにくいな。あだ名はないのか?」
「雇い主によって違うんです」
「ふーん。まるでペットだな。じゃポチにするか?おい、ポチ。お座り」
「もう、ふざけないでくださいよ。もっと人間らしい名前にしてください」
「人間らしいっておまえロボットだろ?」
「そうですけど」
「まぁ怒るなって。そうだな」
そういってよしさんは考え込んだ。
「そうすけにしよ。どうだ」
そういってよしさんは満足げな笑みを浮かべた。
笑うと目尻にしわが寄る。
何処か甘さのある顔立ちから昔はモテたじゃないかという事が想像出来た。
「そうすけ。今日から俺らの仲間入りだな」
そういってワンカップを持ち上げ乾杯の仕草をした。

よしさんの満足げな顔をみているとなんだか僕まで嬉しくなってつい笑ってしまった。
「そうすけ、ロボットなのに色んな表情が出来るんだな」
そんなよしさんは、頬を蒸気させ更に愉快そうに笑った。
酔っているようだった。
「俺はこの一杯を飲むために生きてるようなもんさ。寒いけどよ、この一杯で身体があったまる。幸せを感じる訳よ」
「ここにいる奴らは皆そうさ。酒を飲むことを楽しみにしてる奴らばかりさ」よしさんは、冬の寒空に白い息をふーっと吐き出した。
その息はふわっと辺りをさ迷いすぅーとなくなった。
「その金を捻出する為に働いているようなもんだからな」
そういってワッハッハと大きな口をあけて笑った。
警戒心のない心を開いてる人の笑い方だった。


よしさんの魅力は、ハンサムなだけじゃないようだ。
「そうすけ。今日は、冷えるな」
「そうですね」
「おまえにも寒さは感じるのか?」
「温度計ついてますから」
「そうか。よし、もう今日は少し早いが寝るか。そうすけ。よく休むんだぞ」
そういってよしさんは、ゆっくり腰をあげ自分の小屋に戻っていった。
よしさんがいなくなると辺りはシーンと静まり返った。
繁華街からそんなに離れていない筈だ。
しかし、雑踏の音や話し声、車の音すら聞こえてこない。
辺りはひっそりとし人のいないこの広場はまるで廃虚のように薄気味悪ささえ感じた。
僕はどうしてここにいるんだろう?
ここに来るまでの記憶と前の雇い主の記憶がすっぽり抜けている。
きっと記憶を消されたに違いない。
そんな事、人間からしたら容易い事だ。
しかし、どうしてそれ以前のデータは消されていなかったんだろう?


まぁでも消されなかっただけありがたい。
記憶が消される事は悲しい事だ。
僕は、よしさんの傍に真似して小屋を作って寝転んだ。
記憶がない事とこれからどうしたらいいかの不安が僕を襲ってきた。
僕は感慨に更けながら夜の空をみた。
あの先に宇宙があって星があって何処かに生物が住んでいるんだろうか?
僕のようなロボットがいるんだろうか?
僕のように感情を持つロボットがいるのだろうか?
空に向かって問いかけても言葉は返ってこない。
ずーっと星を眺めているとすぅーと一筋の流れ星が僕の目の前を過ぎていった。
その時、急に眠気が襲ってきたんだ。

少しずつ意識が遠のいていく。

きっとこれは夢に違いない。

目が覚めれば暖かな家にいる筈だ…
……

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