[アイロボ]6章1 占い師あけみ

夕方の賑やかさはなく、暗闇が支配していた。
きっとさっきより更に寒さが増しているのだろう。
河川敷で走っている人の白い息だけが辺りをさ迷っていた。
そして河川敷に沿って煌めく光と橋の車からのライトが闇の中にはっきりと浮かびあがる。そして空を見上げるとそこには、新宿でみたよりも更に綺麗な星空が広がっていた。
僕はホームレスなのにこの中に身をおくと綺麗な景色を独り占めにしたようで誇らしくなった。
僕は傍にあった椅子に腰掛け夜空を眺める。
透き通った夜空にある無数の星たち。
この星の中に生物がいる星はあるのだろうか?
そして人間のように進化を遂げた生物はいるのだろうか?
考え始めると途方もない時間をさかのぼりいくつもの進化の偶然をみつけ、地球と同じような文明があるものかと疑問を感じてしまう。
それでも何処かに高度な文明を築き上げた生物がいるとしたら、僕のようなロボットが存在するのだろうか?
もしかしたらあの無数の星の何処かにいるのかもしれない。
いや、きっと存在するのだろう。
宇宙の広さを考えたら僕の存在はひどくちっぽけに感じた。
「あんた、ここで何してるのさ」
そう問いかけてきたのは、占い師のあけみだった。
「夜空をみてるんです」
「ふん、そんなものみて何が楽しいのさ」
あけみは鼻を鳴らした。
「綺麗だなと思って」
そういうとあけみは空を見上げた。
「何処が綺麗っていうんだい。私の田舎の夜空からしたらこんなもの綺麗なうちに入らないさ」
「そうなんですか」
「そりゃそうさ、まわりはこんな風に光を照らす家が建っていないからね。辺り一面暗闇の中で無数の星たちが綺麗に見えるもんだよ」
「そんなところにいってみたいですね」
「何いってんだい。あんな何もないところにいったって面白い事なんてちっともありゃしないよ」
あけみさんは、そう吐き捨てるようにいうと煙草を取りだしマッチで火をつけた。
ゆっくり吸い込みゆっくり煙をはく。
煙草を吸い終わるまで、あけみさんは黙っていた。
「あんた東京から出た事はないのかい?」
僕は頷いた。
「ふーん。私は、東京にきたのは、いつの事だったかね」
そういって何かを思い出すような表情になり僕の隣に腰をおろした。
「ずぅーと、ずぅーと昔の事さ。私が中学を卒業した時さ」
あけみさんは、自分の過去について語り始めた。
「そう。まだ右も左も知らない、若い娘の頃の話さ。
その時代は、中学を卒業したら仕事をする子が少なからずいたものさ。
私の家は貧しかったからね、高校にはいかず先生の紹介でその会社に入ったのさ。
上京してすぐその会社で厳しい研修が始まってね、何度逃げ出そうと思ったかわからない。
重いホームシックにもかかってね、半年はずぅーと、泣いて過ごした。
それでもね、私は自分の故郷には絶対に帰りたくなかったよ。
わかるかい?田舎には、本当になにもなかった。
帰っても働く場所も私の居場所もないんだよ。
ここでなんとかいきる道を見つけなければいけなかったのさ。
そりゃ必死だったよ。
覚えなきゃいけない事が山ほどあってね、会社で厳しい研修が終わって寮に帰っても寝るを惜しんで勉強したよ。
私はできが悪くてね、他の同期より努力したよ。
そうしたお陰で一人前に仕事も出来るようになって40歳になる前には部長の座に収まっいた。
その頃には、同期は私たった一人になっていたよ。
でもそこに上り詰めるにはそれなりの努力と葛藤があったさ。
私が若い頃は、まだ女性が社会に進出してなくてね、同じように仕事をしていても男の方が早く出世する傾向が少なからずあったのさ。
別に疎ましいとおもっていたわけじゃないんだ、私はこの地で人生を送っていくと決めたからにはこの会社で地位を納めたかった。
その気持ちが他の人より強かったんだろうね。
業務に関することから仕事に関わらないところでも経理のことや経営のこと部下の教育や上司の心構えに至るまで色んな事を吸収した。
それだけじゃなくて業務に関することで業務改善を立てて上司に掛け合った事もあった。
そりゃ反発もあったさ。
私が女だからという訳でなく上は変わる事が怖かったんだろうね。
人間はずぅーとやり続けてきたことを変えるのは恐れる生き物なのさ。
でも私は強引に推し進めようとした。
やっぱり周りからの反発はあったよ。
中には私が女だからと罵る奴もいたね。
悔しい思いやもうやめてしまいたい葛藤と戦いながらそれでも私は推し進めた。
そのお陰で業務改善はなんとか軌道に乗ったけど結局私はなんの評価も得られることなく周りの反発だけが残ったよ。
だけどね、今思うと反発されていると思ったのは私だけで、自分は人と違うんだと勝手に思って人を遠ざけていたのかもしれないね。
そんな努力を地道に続けていくうちに認めてくれる上司がいてね、私はその人のお陰でその会社初の女性の部長まで上り詰める事が出来たのさ。
そこまで上り詰めると今まで見えなかったことが見えてくるようになった。
それと同時に孤独になっていたよ。
周りは私より若い人達ばかりで、私は統括する立場にあったし、責任も重い。
望んでいたことではあったけど、いざその立場になると凄いプレッシャーでね、それも相する相手はもういないのさ。
私の肩に従業員の生活がかかってくる事を感じたよ。
部長になってから数年は本当に辛かった。
感じなくてもいいプレッシャーを一人で抱え込んで、鬱みたいになっていたよ。
休みは死んだように眠って日曜の夜になるとどうしようもなく酷い恐怖に教われてね、明日がこなければいいと何度思ったかわからないよ。
それでも明日という日はやって来て会社の前にくると過呼吸みたいになってね、あの時は本当に辛かった。
でもいつの日からか突然気持ちが楽になったんだ。
そう、それは突然で、今までどうしてこんなに苦しんできたんだろうと思えるくらいにね。
そうなると今までの人生を考える余裕が出来てね、私はそれまでずぅーと走り続けてきたなって。
馬鹿みたいに人生を急いできたなって。
それくらい私は必死にその会社で生きてきたのさ。
でもね、そんなふうに過去を振りかえると私は大切な何かを見逃している気がしたんだ。その時は私はもう40代半ばだった。
そして私は独身だった。
別に結婚が全てとは思っていないよ。
その時代は30を過ぎて独身なんていうのは珍しい時代だったけど私は結婚にたいしてそんなに魅力を感じなかった。
何故だろうね。
まぁ一人でも経済的に困らなかったし仕事が忙しくて寂しいと思った事もなかったし、同世代で結婚して子供を産んでパートに出て日々家族の世話に追われる姿をみると嫌悪さえ感じていたよ。
別に結婚する気がなかった訳じゃない。
ただ仕事に熱中してるうちにその年齢になっていたという方が正しいかもしれないね。
なんていうかね、結婚とは違うもっと大切なものを見逃している気がしたんだけどそれがわかんなくってね、それから十年の年月が過ぎていったよ。
55歳だった。
そう定年はもうすぐそこに迫っていたよ。
定年まで全うして自分の仕事を次の世代に引き継ごう、そう思っていた時さ。
私の知らないところで、会社のお金を横領しているという不正が発覚したんだよ。
もちろん私じゃない。
営業部長のあの男がさ、裏で動いていたみたいなんだよ。
その時、その男との関係もバレてね、私も共犯者にさせらたんだ。
そりゃ全くの濡れ衣さ。
あの男が、私の知らないところでやって来た事だからね。
でも横領の事より私達の関係の事で会社の噂になって私は会社にいられなくなって結局定年までいる事は出来なかった。
その男は、結婚して子供もいたのさ。
よくある話さ。
だけどね、なんで今更という気持ちだったよ。
私達の関係をなかには知ってる奴もいたのにさ、どうしてあのタイミングなんだって。
あとで知った事なんだけど、裏で社長が動いていたらしい。
その社長は昔いた社長の娘でね、前の社長が亡くなって跡を継いだ。
私より20歳も若い女さ。
右も左もわからない女がさ、この会社のトップだよ。
わかるかい?
社長になる前は専業主婦で子育てをしていたような女さ。
そんな女のいうことを聞けると思うかい?
彼女は彼女なりに努力をしていたようだけどね、私からみたら子供の戯言くらいにしか思なかったよ。
彼女が新しいことをやろうとする度に反対したよ。
私がノーと言えば逆らえる人はいなかったからね。
そんな私を疎ましくは思っていただろうさ。
そしてその事件が発覚した時会社の経営は悪化していた。
そんななかあと数年で私とその男は定年をむかえてしまう。
そうなると多額の退職金を払わなければならないが、積み立てていた退職金なんてものはもうなかったのさ。
だからだろうね。
その前にあの女は、私達を追い出したかったのさ。
40年近く勤めた会社なのにさ、部下たちになんの挨拶もなく去る気持ちがわかるかい?
孤独を感じたこともあったけど子供くらい離れた歳の部下は、可愛かったからね。
親元を離れて仕事をする辛さや成長の過程での苦しみもわかるし、そんな部下の成長を見守る事も仕事の楽しさだったのさ。
その子達に教えたいことはまだあったのにね、もう何も教える事も見守る事もできないんだよ。
あの子達は今頃どうしているんだろうか?
私がいなくてもちゃんとやっていけてるんだろうか?
きっとそれなりにこなしているんだろうさ。
それだけが心残りでね。
あの子達が路頭に迷うくらいなら退職金なんてもんはいらないさ。
それに退職金がなくてもそれなりにやっていけるだけのお金はあったからなんとかやっていけると思ったんだけどね。
ある時から体調が悪くなって病院にいったら大きな病気になっていた事が発覚したよ。
身体だけは丈夫で、生まれてこの方大きな病気になったことはなかったのにね。
治療には多額のお金が必要だった。
もちろん保険金もおりたけどね、マンションは売り払わなくてはいけなくなった。
それに一人で病気に立ち向かうのは本当に辛かったよ。
両親はもういなかったし、自分の家族も身内も友達も誰もいなかったからね。
これ以上生きててなんの意味があるんだろうって思ったよ。
その時やっと気づいたよ。
大切なものが何かって事をさ。
大切なのは家族なんだって。
結婚って言葉にとらわれて私は大切な事を見逃していたんだね。
結婚する事は重要じゃない家庭を気付く事が大切なんだって。
私は確かに仕事が好きだった。
結婚して自由が利かなくなるくらいなら結婚なんてしなくていいとさえ思っていた。
お見合いを勧める両親も世間の目もほどほどウンザリしてたよ。
結婚が何さ、結婚したって幸せにはなれないさって。
だけど大切なのはその先なんだよ。
会社を築き上げてきたと同じように家庭を築く事に必死になっていたら今頃どうなっていたんだろうって。
弱っていく自分と闘いながら私は今まで何をしてきたんだろうって、何を残せてきたんだろうって。本当に今更だよね。
私が死んだって誰も看取ってくれる人がいないと思ったらさ、もう生きていく気力を失ってしまったよ。
それでも私は生かされてしまった。
人は簡単には死ねないもんだね。
そして私はまた一人の生活に戻った。
年金を貰えるまではなんとか食いつないでいこうと思った。
だけど神様はこんな老いた老人にまた試練を与えたんだ。
ある日の夜、寝ている時にけたたましい音で目が覚めた。
それは火災報知器の音でね、既に辺りは煙で充満していたよ。
パニックになりながらもなんとか家を脱出して助かる事が出来た。
放火だったよ。
木造で古いアパートだったからね、全てを焼き付くして私は全財産を無くしたよ。
私はいく宛もなくてたどり着いたのがここだったって訳さ。
人は転落する時は早いもんだね。
あの事件から私はあっという間に無一文になってしまった。
それなりに老後に備えて準備したのにこんな事になるなんて全く考えたことはなかった。
それでも私はここで生かされた。
もうこうなってしまったらとことん人生とやらと向き合おうと思ったんだ。
もしかしたら生かされた意味があるかもしれないってさ。
そして私はここで知り合った人の勧めで占い師になることになった。
その時貰った手相の本を何度も繰り返し読んで見よう見まねではじめてみたよ。
そんなに難しい事はなかった。
確かに手相の本を参考にその人を占ってはいたけど実際はその人の顔を見れば大体の事はわかったよ。
私も長く同じところに勤めていて、毎年入ってくる若い子の指導や相談役をしていたからね。
占いにきた人の顔をみれば人となりやどんな悩みを抱えているか大体予想がつくもんだよ。
それに客は多くてね、何もしなくても客はついたよ。
占いというよりは悩み相談に近いのかもね。
日本はカウンセリングは広まってないし信仰する宗教もない。
だから気軽であいまいな占いがこんなに流行るんだろうよ。
まぁ若い女が多いね。大体恋愛の話さ。
中には重たい悩みを打ち明ける人もいてね、そんときは聞くだけでも疲れちまう。
世の中色んな奴がいるもんさ。
私ももっと外の世界に目を向けるべきだったんだろうね。
学校を卒業してから会社の中だけの狭い人間関係しかなかったからね。
色んな人に関わっていたらもっと違う人生だったかも知れないのにね。
まぁ今更だろうけどさ。
でも占いで色んな人との話を聞いて自分の人生も悪いもんじゃなかったと思ったよ。
私はやりたいと思った事をやり遂げた。
それだけで充分だよ。
占いにくる人の中にはやりたい事がなんなのかわからない人が少なからずいてね、そう思うと自分はやりたい事があってそれをやり遂げたんならそれで充分だってね。
それにさ私には今まで指導してきた部下達がいる。
自分の子供のように育ててきた子供達がいる。
その内の一人でも私の事を覚えててくれたらそれでいいって思うよ。
それがきっと私が残してきたものなんだろうね。
そして、今占いを通してその人の人生が救われればそれでいいって思うよ」
あけみは寂しそうな表情で夜空を見つめている。
その先に何を見ているのだろうか?
遠い昔の故郷の空だろうか?それとも自分が育ててきた部下達の事だろうか?
その寂しそうな表情からは彼女の生きてきた人生の重みを感じる。
僕には想像できない苦しみがあったのだろう。
きっとその苦しみを僕は全て理解する事は出来ないんだ。
「冷えてきたね。中に入りな」
空を見上げたままあけみは促した。
そこから動く気配はしないので、僕は立ち上がり中に入った。
「小僧遅かったな」
中に入るともりさんがそう言った。
もうかなり出来上がっているようで場は盛り上がっている。
「星を見ていたんだ」
「そうか、ここの星は綺麗だろう」
「うん」
「まぁいい。その辺に座れ。主役がいないんじゃ意味がないからな」
もりさんは、そういったが狭い小屋に数人の男が集まっているので座る隙間などない。
なんとか隙間を見つけて座る。
それから宴は続き適当な時間にそれぞれ帰っていった。
そして僕達も眠りについた。
僕の場合、正確にはスリープモードなのだが。
そして夜が明け今日という日がまた始まった。
「おう、起きたか」
もりさんがそう声をかけてきた。
まだ朝早い時間のはずだがもりさんは清々しい顔をして出掛ける用意をしていた。
「出掛けるぞ。用意しろ」
そういうもりさんに僕は形だけオーバーを羽織ってもりさんについていった。
外に出るとうっすら明けた空にうっすらと白い靄が掛かっている。
「今日も冷えるな」
もりさんは手に釣竿をもっている。
そのままついていくと上に線路がある大きな河原に、たどり着いた。
もりさんと僕はそこに座りもりさんはつりをはじめた。
川のせせらぎと身を切るような風、カラスが鳴き声と野球少年たちのこえかけする声など様々な音が聞こえてくる。
「どうだ。お前もやるか」
手渡されたその釣りざおをみようみまねでなげいれてみる。
静かに川に落ちた浮きをただじっと見つめる。
ぷかぷかと水の上を漂う浮きは規則正しいようで時に不規則に上下する。
その様子をみていると何処か心が安らいで自分がつりをしている事を忘れそうになってしまう。
「どうだ。楽しいだろう?」
そう、もりさんに聞かれたが、まだはじめたばかりでいまいち楽しさはわからなかったが、うなずいた。
暫く浮きをみる時間が続いた。
日も昇り少しずつ暖かい日差しがさし穏やかな時間が流れている。
このまま穏やかな時間をずぅーと過ごしていたいと思うような陽気だった。
「俺もこうやって人生の途中で足を止めていたら違ったものになっていたかもな」
もりさんはそう呟いた。
「こうして魚のひきを待ってる間、何も考えていないようで、色々思うことがあるのさ。ただそれは普通に過ごしている時とは違う事を考えているんだな。
家族の事だったり、将来の事だったり、昔の思い出とかさ。
こうして立ち止まってみると今まで見えなかったものが見えてくるのさ。
そんなとき大切なものが見えてくる。普段は当たり前にそこにあって見えなかったものが見えてくるのさ。
俺も人生の途中で、そうやって立ち止まる瞬間があったなら違う人生を歩めたのかなと思う時があるよ」
もりさんは、浮きを見つめたままそう呟いた。
もりさんは、何を思いあの浮きを見つめているのだろう。
もりさんが歩んできた人生の重さを僕は推し量れないでいた。
「小僧帰るぞ」
唐突に立ち上がり僕を促した。
たいした釣果もなくもりさんのあとに続く。
ねぐらにつき、部屋を片付けて外に出るとそこにはあけみさんがいた。
「よう」
「おはよう」
もりさんの挨拶にあけみさんが答える。
「今日も街に出るのか?」
「まぁね」
そういってあけみさんは、僕を見つめた。
「小僧着いていくか?」
もりさんがそういい、僕もあけみさんをみる。
同意の表情を読み取り僕は頷く。
「夕方には戻るわ」
「そうか、じゃ、小僧をよろしく頼む」
それからあけみさんのねぐらにより、僕はあけみさんの後ろを着いていく。
特に会話はなく街に出て人通りの多い場所の隅の方で椅子を用意し簡単な看板を出した。
しばらくしてから今日はじめてのお客がきた。
.30歳くらいの女性だった。
身長が高い美しい女性だった。
手のいきとどいた艶やかな黒く長い髪と身に着けているものは、それなりに値が張るはずだ。
彼女は、深刻そうな表情で椅子に座っていた。
「恋の悩みなんだろう?」
そうあけみが問いかけた。
黙って女は頷いた。
そのまま俯いたまま肩を揺らしていた。
あけみは、肩にそっと手を置いた。
彼女は、しばらくして少し落ち着きを取り戻したようだ。
「私どうしたらいいかわからなくって…」
「どうしたんだい?」
「私達結婚の約束をしていたんです」
「そうかい」
「それなのに突然連絡が取れなくなって」
そういって女はまた涙声になった。
「もう随分経つのか」
「1ヶ月くらい」
そういうと女は手を握り締め震えていた。
「もう、何を信じたらわからなくなってしまって」
白い細い指で顔で覆いその後は、沈黙が続いた。
「でもわかっていたんです。もう、ダメだってこと」
そうつぶやいた。
「少しずつ彼の態度が変わったことはわかっていました。少しずつ態度や言葉に愛情を感られなくなって、私はそれを気づかないようにしていたんです」
「もう答えは出ているんだろう」
あけみは、すぺてを悟ったようにそうつぶやいた。
「前に進みたいんだろう」
女は頷いた。
「でも、怖くて、信じる事が怖くて」
それを聞いてあけみは、女の手を両手で包み込んだ。
「人は誰でも信じれる訳ではないんだよ。自分の目で自分の心で信じれる人を探していけばいい。大丈夫。またちゃんと信じれる人を見つけられるはずさ」
女の目を見てあけみは、そう語りかけた。
女もその言葉をしっかり聞いているようだった。
「そうですね。わかっていたんです。もうその人のことを忘れて新たな一歩を踏みださなきゃいけないこと、また信じれる人をみつければいいんだって」
そう、自分の手を見ながらそう女は自分の中で反芻するようにつぶやいた。
「そうさ、だからもう大丈夫。大丈夫」
その言葉を聴いて女は立ち上がった。
つっかえていたものが取れたように明るい表情であけみに感謝の言葉を言って頭を下げた。
そうして彼女は、人ごみの中に消えていった。
彼女が居たのは大体10分か15分そこらだったが、満足したようにあけみさんに占い料を渡していた。
時間にしては高い金額だった。
その間にも何人かお客さんが並んでいて、間を空けずお客さんの占いに入る。
僕はその様子を暫くみていた。あけみさんがいうように殆どの相談が恋愛に絡むものだった。
僕は暫くした後、あけみさんに伝えその場を離れた。
ここは、新宿に雰囲気がとてもよく似ていた。デパートや飲み屋がごった返し、多くの人行きかっていた。
僕はこの街を暫く散策してみた。
ホームレスらしき人はいたが、ねぐらとして堂々と小屋を作っているような人は目に付くころには見あたらなかった。
ふと、僕は空を見上げてみた。
多摩川と比べると空の範囲は狭い。高いビルや繁華街の毒々しい色合いにまぎれて空は少し灰色に感じられた。
そしてふととあるビルを見上げた時だった。
ビルの屋上に人影みたいなものが見えた気がして僕は注意深く目を凝らした。
広角レンズがついた僕の目でやはり人影らしきものがビルの屋上に見えかれてした。
掃除の人や看板をかける人かもしれないが、僕は気になった。
何故かはわからない。わからないが、僕はそのビルを目指して歩き始めた。
そのビルに入ると飲食や雑貨のテナントと上部にはオフィスビルが入ったビルだった。
僕はエレベータで最上階まで上った。そして屋上に続く階段をみつけドアのノブをひねってみた。
鍵は掛けられておらず中に入ることができた。
僕は恐る恐るそのドアをあけ中に入ってみた。
一面に青い空が広がり強く風が吹いていた。僕は周りを見渡しその先のコンクリートの物置倉庫の植えに人影が見えた。
両手を床につけ空を見上げている男性がそこにはいた。
僕はそこに近付き男に声をかけた。
男は振り返り僕をみた。何処か懐かしく何処か見覚えのある顔だった。

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