[アイロボ]1章3 アイロボ3

「わかるかい?単身赴任の身なのさ」
「そりゃ寂しいでしょう?」
それを皮きりに世間話から身の上話になっていった。
会話をしながらもよしさんの手は動いている。
身の上話も盛り上がりつつある時にはもう靴は綺麗になっていた。
「ありがとう。またくるよ」
お客さんは、御代を払うと満足そうにその場を去っていった。
「あのお客さんは、営業マンだな。人情に厚いタイプで部下を大切にする人だろう。きっとあの人は出世する」
お客さんが見えなくなってからよしさんは、そう呟いた。
「わかるんですか?」
「まぁな。靴を見ればわかるさ」
「そういうもんなんですか?」
「長年やってればわかるさ。出世する人しない人。人柄やその人の健康状態もな」
よしさんが得意げな顔をしていると次のお客が現れた。


よしさんは、お喋りが好きらしい。
来るお客さんと会話が弾んでいる。
無口そうなお客さんが来るとよしさんは、自分の話をし、お喋りなお客さんには喋らせ相槌をうっている。
常連の客もいて親しげによしさんと話していた。
入れ替わり立ち替わり客が絶える事はなかった。
来る客も様々だ。
若い客も年寄りもサラリーマンから観光客。
ここは色んな目的を持つ人達で溢れかえっている。
客がひけるとよしさんに話しかけてくる奴がいた。
長身でテカテカの靴に丈の長い黒のスーツをきて、手にはハンドバックを持ち堅気には見えなかった。
「よぉ、よしさん。景気はどうだい?」
高圧的な物言いでよしさんを見下ろす。
「まぁ、おかげさまで繁盛してますよ」
「そうかい、そうかい、そりゃよかった。よしさんまた何かあったら宜しく頼むよ」
そういって肩に手を置き歩き出した。
そしてちょっと歩いた場所にいたバンドの兄ちゃんに声をかけていた。

よしさんの時とは違い何か揉めているようだった。
暫くするとバンドのリーダ格の奴が財布を取り出しその厳つい男に渡してるように見えた。
あれが身か締め料という奴だろうか?
バンドの奴らは怖じ気づいたのか楽器を片付けはじめた。
「よしさんからはなんで取らなかったんですかね?」
その問いによしさんは、僕の目線の先をみて苦い顔をした。
「色々あるのさ」
僕はそれ以上聞くのをやめて、片付け始めたよしさんの手伝いをした。
「今度、おまえもやってみるか?」
「僕なんかに出来ないですよ」
「簡単だよ。今日1日見ていただろ?生きていく為には何かしら出来た方がいいぞ」
「生きていくですか…」
僕がそういうとよしさんは僕をみた。
「ロボットだって生きているだろ?」
生きている…
そんな風に考えた事なかった。

僕は、太陽光と空気分解で発電し半永久的に動くように作られている。
充電の必要もない僕が果たして生きていると言えるのだろうか?
何か僕の心にモヤモヤした何かが生まれるのを感じた。
「そうですね。生きている」
「おう、じゃいくか」
そういって僕達は歩き出した。
新宿の街は、何処にいってもホームレスで溢れている。
よしさんは、新宿の街を自由に闊歩しそこで知り合いのホームレスから声が掛かる。
愛想よくこたえそこで立ち話が始まる。
まるで専業主婦の井戸端会議のようにどうでもいい事をダラダラ話している。
僕の事も紹介してくれるが、話が始まると蚊帳の外だ。
何を話してるかと思えば天気の事、競馬の事や今夜の炊き出しの事だった。
暫くして満足したのか今夜落ち合おうという事でその場を後にした。
それからよしさんは歌舞伎町の方に歩き出した。

まだ日は高いが、客引きがちらほらいて不自然なカップルや水商売の奴ら家出少女に韓国の観光客。
よしさんは、歌舞伎町の脇にある駅ビルの下にいる小豆色のストールを巻いた60歳くらいの女のホームレスに声を掛けた。
髪に白髪が混じり長い髪、腰は曲がっていて病的にやせ細っていた。
僕はその姿が凄く痛々しかった。
よしさんや源さんのようにまだ元気ならいい。
この女性のようにやせ細そりそれも女でホームレスという事は非常に辛い事じゃないだろうか?
現実の厳しさを突きつけられた気がした。
「ちゃんと食ってるかい」
よしさんは開口一番そう口にした。
「あぁー大丈夫さ」
言葉とは裏腹に弱々しい声だった。
「今日は、炊き出しだっていうのは聞いたかい?」
「そうらしいね」
「体調の方は?」
「あんまりよくないさ」

僕からみても健康状態がよくないのはわかる。
よしさんは、黙って残っていた弁当と隠しながら白い錠剤を渡した。
「また何かあったら言ってくれ」
「いつも悪いね」
そういうと折れた腰を更にかがめた。
前に倒れてしまうんじゃないかと僕はどぎまぎした。
それからまたよしさんは歩き出し、駅ビルに沿って歌舞伎町の更に奥に進む。
そして途中で曲がり少しいった所に交番があった。
よしさんは怖じ気ずくことなくその中に入っていった。
僕は少し離れたとこでその様子を見ていた。
どうやら交番にも顔見知りがいるようだ。
なにやら親しげに話している。
何処まで顔が広いんだろう?
警察官が僕に気付き咄嗟に身を翻した。
そして姿を隠すように交番裏のベンチでよしさんを待った。
ここは、新宿の中でも割と人通りが少ない。
まばらな人の中にホームレスや何やら怪しげな人もいるが、やはり交番があるので客引きはいない。

暫くしてからよしさんがやってきた。
「悪い、悪い。ちょっと話混んでたよ。おまえもいればよかったのに」
「僕は…」
「そっか、そっか。交番が好きな奴もそうそういないよな。なにせおまえは家出少年だもんな。いや、家出ロボットか」
よしさんは、そうからかってガハッハと笑った。
「もうからかわないでくださいよ」
「ごめん、ごめん。つい」
そういってまだ笑っている。
自分の言った冗談がツボに入ったらしい。
なんか僕まで笑えてきた。
「そうすけ」
笑いが収まったよしさんが、今の僕の名前を呼んだ。
「なんですか?」
「全然覚えてないのか?」
僕の前の雇い主の事をいってるんだろう。
「前の雇い主の事だけ。その前の事は覚えています。前の雇い主の事は消されたみたいです」
「そうか」
よしさんは、それだけいうと黙り込んだ。

「このままホームレスって訳にもな…。じゃ俺が雇い主になろうか?金はないけどな」
そういってまた笑いはじめた。
僕もつられて笑った。
「とりあえずおまえは、飯の心配や寝床の心配はなさそうだし俺と一緒にいろ」
そういって両肩に手を置いてウインクした。
不甲斐なくドキッとしてしまう。
「よし、行くか」
そういってよしさんはまた歩き出した。

来る道とは逆の方角へ突き進む。
歌舞伎町の奥に突き進むとさっきは姿を見せなかった客引きがうじゃうじゃといた。
よしさんは、気にせず突き進む。
僕は、今まで来たことのないような雰囲気に圧倒されながらよしさんの斜め後ろを歩いた。
突き進んで大きな通りに出ると右に進み細い道をすり抜けながら暫くすると大きな公園が見えてきた。
新宿御苑だ。
人通りが少ない少し奥まったとこを歩いてると茂みから人の気配がした。
「よしさん」
声が聞こえてきた方へ視線をうつす。
茂みに作られた小屋は酷く痛んで蔓が巻きつきコケが生えていた。
湿りけを帯びたコケの臭いがした。
「元気にしてたか?」
「まぁなんとかな」
男は60歳前後くらいで長髪にボーボーにヒゲが生え仙人を連想させた。
もう何年も洗ってないような服と傍には黒いやせ細ったネコがいた。

僕を見るとみゃーと小さく鳴いた。
「今日の炊き出しの事は聞いたかい?」
「いや」
男も消え入るような小さな声だった。
「夕方からやるようだよ」
「わざわざ知らせてくれたのかい」
「まぁ」
よしさんはなんだか照れている。
「ありがとう。助かるよ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?