[アイロボ]5章2 もりさん

公衆電話を見つけ指定された番号にかける。
電話口に出た男の指示通り指定の場所に向かう。
しばらくすると男がやってきた。
50を過ぎたくらいだろうか?
白髪と灰のごましおの短髪で、背は普通で小太りで人懐っこい顔をしていた。
黒のスラックスに黒のTシャツ、そして黒のジャケットに黒のハンドバックという出で立ちだった。
一見するま金融の取り立て屋のような出で立ちだ。
「おう、あんたかい?よしさんの知り合いは?」
風貌とは裏腹に気さくに僕に話かけてきた。
「はい」
それでもなんだか緊張してしまう。
「確かそうすけだったな?俺は森本、このへんじゃ多摩のもりさんっていわれているのさ」
多摩のもりさん?
疑問に思いながらももりさんの後ろについていく。
「小僧おまえみたいな若いもんがどうしてホームレスなんだ?」
少し関西の訛りがある口調で話かけられる。
「まぁ、いいさ。色々事情があるもんな。ここじゃなにも聞かないのが鉄則さ」
僕が返事に困っているともりさんは1人でしゃべりはじめた。
もしかしてもりさんもホームレスなのだろうか?
やっぱり金融屋にしか見えないけど。
そういっている間にある場所に出た。
急に視界が開けそこは大きな川が流れていた。
どうやらそこは多摩川のようだ。
「ここにいるやつらは、皆いいやつさ。仲良くしろよ」
やはりもりさんは、ここでホームレスをしているようだ。
それにしてもただ広い場所だ。
川幅もそうだが、河川敷の幅も広くて野球場やゴルフ場がありランニングする人や犬の散歩をしている人、家族連れ。
それぞれが思い思いに過ごしている。
「もりさん、そいつかい?」
河川敷に降りるとホームレス仲間が話しかけてきた。
「随分若いのが入ってきたね」
仲間らしき女性がそういった。
「そうすけです」
僕は挨拶すると女は、僕をじっと見つめた。
大体50歳くらいだろうか?
ふくよかな体型で紺のニットのロングワンピースの下に黒のスラックス、ワンピースの上には黒の毛皮を羽織さらに黒のファーをつけていた。
薄い化粧だが、口紅だけは赤く不釣り合いなほどに塗られていた。
一見するとどこぞのマダムとも見えなくもないが、毛皮は汚れニットは所々ほつれていた。
「あんた、どうしてこんなとこにいるのさ」
しやがれた声でそう問いかける女にどこか人生の重みを感じてしまった。
この女性はどんな人生を送りどうしてここにいるんだろう?
「俺も聞いたけどさ、きっと色々あるのさ」
そう、もりさんが答える。
女は僕の顔をみて何処か悲しい顔をした。
「また面倒なのがやってきたわね」
そういうとホームレス仲間の輪から離れ、煙草を取りだし吸い始めた。
人生の憂いを感じさせる吸いかただった。
「あいつあんな言い方しか出来ないけどさ、いいやつだから」
もりさんはそういった。
女性は煙草を吸い終えると荷物をまとめると何処かへ歩きだした。
「あいつは手相占いをしているのさ」
「占い」
「そう。川崎のあけみっていわれているさ。川崎じゃそこそこ有名らしいよ」
僕はあけみさんの後ろ姿眺めた。
確かに何処か謎めいた雰囲気が占い師ぽい。
でもその背中は何処か寂しくて何かを背負っている、そんな気がした。
「そろそろ夕飯の準備でもするかね」
もりさんはそういって川沿いの小屋みたいなところに入っていく。
「小僧も手伝え」
僕はもりさんのあとをついていった。
ブルーシートにおおわれたその小屋は新宿の小屋よりだいぶ大きくベニヤ板で囲われ丈夫な作りだった。
なかも広くこたつやら布団やらテレビまである。
「まぁ、なんもねぇーがとりあえず座れや」
そういわれ僕はこたつに足をいれた。
でも電源は入っていないようだ。
「ここにあるものは全部拾いもんさ。街を歩けばすぐに使えるものが見つかるさ、わはは」
何が面白いのかもりさんは笑った。
もりさんが何かしてるうちに僕は部屋のなかを見渡した。
拾い物の家電や家具が並び綺麗に片付けられていた。
一見すると単身赴任のサラリーマンの家という感じだった。
単身赴任のサラリーマンの部屋というものをみた事はないけど、もりさんがここで生活しているんだと感じる。
「小僧、食器洗うのを手伝ってくれや」
僕はもりさんの隣で食器を洗うのを手伝う。
「手際がいいな」
もりさんはそういったが、僕はお手伝いロボットなのだ。
これくらい朝飯前の仕事だった。
「俺はさ、営業マンだったんだ」
もりさんは何も聞いていないのにそう喋りだした。
「IT関連の営業だったよ。あの頃はITが注目し始めた頃でさ、パソコン扱える奴を集めて大手企業に派遣する仕事さ。
元々俺は電化製品の営業だったんだけどさ、知り合いに誘われて大阪で起業したんだ。
そりゃ仕事は楽しかったさ。何もしなくても仕事がはいってくるんだからさ。
それに自分のやり方で自分のやった事がすぐ結果になるという事が凄く面白かったよ。そのうち東京、名古屋と支社を増やしていったんだ
時には、他の会社も合併したりして会社はあっという間に大きくなったよ。
だけどな、社長が悪かった。
あいつは欲深い奴だったんだよ。
会社を大きくすることと自分の欲しかなかった。
社員の給料をギリギリまで下げて利益を出すようなやり方をしていた。
そのうえとことん社員を働かせてな、そんな具合だから当然不満ややめたいという社員も出て俺はその対応に追われたよ。
なかには一流大学をでたやつもいたのさ。なのに手取りが20万もいかない月があったりする訳さ。
未経験で募集をかけ入ってくる奴も多かったけど、その半分は1年でやめていったよ。
俺は現場で頑張ってる奴らを知ってるからさ、どうにか給料をあげてやりたいと思って社長に駆け寄ったんだけどさ、あいつはうんとは言わなかったよ。
何度も話し合いを重ねたけどさ、平行線を辿っていた。
あいつは結局、社員を金儲けの道具くらいにしか思ってなかったんだな。
それでも俺は、どうにかしてあげたくてさ、営業面で出来る限りしたよ。
それでもどうにもならなかったんだ。
俺には、力が足りなかったんだな。
あの社長は、かなりの切れ者でもあったからどうにもならなかった。
そのおかげで、会社も大きくなったんだけど待遇は変わんないんだよ。
きっと今もそうだろうさ。
気になるのは残してきた社員達が元気でやってるかって事だけさ」
もりさんは、そう切なげにいった。
もりさんは、部下に慕われていたに違いない。
もりさんの愛情は少し話しただけでも伝わってくる。
だからこそ、心苦しかったに違いない。
はじめは金融屋にしか見えなかったが、とても愛情に溢れた優しい人だと思った。
「さっ支度も終わったしいくか」
そこにはさっきまでのシリアスさはない明るいもりさんがいた。
もりさんのあとを追って外にでる。
外は寒さが増し空はオレンジ色に染められていた。
こんな見事な夕焼けをみたことがあっただろうか?
「ここにきて俺はこの瞬間が一番好きだな」
もりさんはいった。
昼と夜の狭間で色づいた空と高層マンションに所々ついた灯りのコントラストがなんともいえない雰囲気を醸し出している。
もりさんのあとを着いていくとホームレス仲間が集まっていた。
「もりさん、そいつかい」
どうやら仲間うちに僕の事は知れ渡っているようだ。
「おう。そうすけっていうんだ。仲良くやってくれ」
「宜しくお願いします」
「そういう堅苦しいのはなしさ。なぁもりさん、今日はそうすけの歓迎会がてらこれといきますか」
仲間の一人がそういい盃を傾ける仕草をした。
ホームレス仲間は何かとお酒を飲みたがる。
そんなお酒は美味しいのだろうか。
そして仲間は、今夜の酒盛りの話で盛り上がる。
僕は相槌を打ちながら辺りを見渡す。
夜が近付いていた藍色とオレンジの境界線がせめぎわい、建物や車の光が色めき立つ。
僕達ホームレス仲間には目もくれず傍らをランニングランナーが通りすぎていく。
犬を連れた人や家族連れが少し減って昼間のにぎやかさは静けさへと変わっていった。
ホームレスになってから僕は一日の移り変わりを感じている。
殆ど家の中で過ごしていた僕にとってそれは凄く新鮮な光景だった。
その事が逆にホームレスだということを感じさせたが、それでも僕はこのキラキラした光景をみることができたし、今までとは違う世の中をみることが出来た。
「そうすけ、今日は星が綺麗だぞ」
ふいにもりさんにそう言われた。
「そうなんですか?」
「おう。こんな寒い日は空気が綺麗に澄むんだ。それにここはただ広いし東京よりは空気が綺麗さ」
そういったが、確か川を挟んだ向こう側は確か東京だったはずじゃないだろうか?
その事は口にせず空を見上げた。
確かに空は澄み既に星が見えている。
更に暗くなればもっと綺麗に見えるだろう。
「いつの間にこんなに暗くなってたのか?そろそろ宴会始めるか」
もりさんの言葉でみんなバラバラな方向に散り僕はもりさんと共に部屋に入った。
「小僧、机のまわりを片付けてくれ」
そういい、布巾を渡されもりさんは、何やらごそごそし始めた。
僕は机のまわりにあったものを片付けて机を拭いた。
そうしてる間に仲間が何かを持ちより集まってきた。
それぞれがそれぞれ腰をおろし机に持ってきたものをあけ始める。
もりさんもその輪に加わり、宴会が始まった。
「じゃ新たな仲間に乾杯」
30代から60代の男が6人この小屋に集まってむさ苦しさは否めない。
男達はお酒片手に話に花を咲かせている。
酒が進むにつれ陽気になる男達。
何が面白いのかもりさんはなんてことない話で大いに笑っていた。
何が楽しいんだろうか?
それでも笑っているもりさんの顔をみているとなんだか幸せな気分になる。
きっとお酒の力とはそういうことなのだろう。
そんな宴会がしばらく続いた。
僕はこのむさ苦しい部屋からでたくて外に出る。

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