picnic
僕たちは小さな丘に生えた木の下を歩いていた。
途中小さな川で手を洗い、僕はついでに顔も洗った。
とても澄んでいて冷たく気持ちよかった。
彼女は不思議そうにそんな僕を見ていた。そして、ゆっくりそばに来てしゃがみ、そっと水をすくった。
「冷たい」というと少し笑って僕を見た。
しばらく歩いて、見晴らしの良い場所に並んで座った。
彼女は手際よく、まだ温かいパンに生ハムとチーズとピクルスを挟み、半分に切って僕に渡した。
木陰はひんやりとしていたが、太陽で暖められた空気が時おり流れ込みとても心地よかった。
サンドイッチを食べ終わると、僕はリンゴをかじった。彼女は一口リンゴを齧り、ゆっくり咀嚼した。
僕は食べ終えると、そのままあおむけになって目を閉じた。一匹のハエがやってきたが、まだリンゴを手にしている彼女には気づかないように通り過ぎ、僕の上をウンウンうなって、妙な図形を描いて飛んでいたが、風に流されるようにいつのまにか消えていた。
その羽音が消えると何の音もしなかった。
静かな晴れた春の午後だ。
この世には誰かが作り出さなければ音など存在しないようだった。風の音も木の葉のざわめきも、どこかでつくられ、僕らの耳にそっと響くものである気がした。菩提樹の木の下で居眠りしている午後には、どこからも届かず誰も響かすことができない。
静かにリンゴを咀嚼している彼女に、そう思ったことを言おうとしてやめた。
彼女は彼女にしか聞こえない音を聞いている気がしたからだ。真っ赤なリンゴを手に遠くを見る彼女は、気が遠くなるほどの場所からの音に耳をすませているように見えた。サクとリンゴを齧る音が聞こえた。
絵画と物語の始まり(クロード・モネ)
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