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療育にまつわる「からだ」へのまなざしvol.31

10月のバオバヴカフェでは、改めて「疲れやすい」からだについて、考えてみた。その中で、自分を忘れて水の中にいるような感覚の話だったり、チックのような身体の状態変化のことだったり、多重人格のことだったり・・話題はつきなかった。人間の決めてきたルール(ここでは、主に学校社会のルール)に違和があることで、さまざまなからだの反応が生じている。

ところで、先日、コロナ禍で大変ご無沙汰していた「動物園」に、仕事がらみで?!行く機会があった。動物たちは、「今、ここを、生きる」ことがすべてで、なんだかとても美しく感じた。そして、生きぬくために、その動物に欠けている「こと」を、さまざまな方法で進化・退化させ、乗り越えて「繁殖してきていること」が、動物たちの解説看板によって、物語られていた。

翻って、人間という生き物はなんて不思議で深いのだろうと、改めて思うのだった。

今回、浮上してきたキーワードは「感情」。質のよい支援を考えていく際に、重要なキーワードとして、次回は、「癇癪」の話題を元に、話を進めていきたい。

又、昨今、注目されている、「MSPA」(発達障害の要支援度評価尺度)についても、触れてみたいと思っている。

<2021.10.20 雑感>(文責:花沙)
 
発達特性のある小4のA君は、先日小学校の授業の一環として自転車講習を受けた。警察の方が来られていて指導を受けるという、いつもと違う状況で、貸し出される自転車も慣れていないもの。A君は、慣れていない自転車をうまく操作できなかった。A君は、恥ずかしさと残念さから、大きく気持ちを崩し「僕は本当はできるのに」と癇癪につながった。A君の特性を理解している担任の先生は、クールダウンのために、少し離れた場所にA君を連れていき「少し休もうね。A君に合った自転車があるかもしれないから、皆が終わったあとに一緒に選ぼう」と声をかけた。A君は、ウロウロとその場で歩き回った。これは、カラダを動かしながら、気持ちの整理をするという、A君なりのクールダウンだ。自転車講習が終わりかけの頃、担任の先生が「A君、みんな一通り終わったから、自転車を選びに行こう」と声をかけた。A君は、「・・みんなも自転車選んでないから、僕もさっきの自転車でやる」と、気持ちの折り合いをつけた。時間はかかったが、自分なりに内省することができた。 
これは、A君一人では無理だった。A君の特性を理解している先生が、「わがまま言うな」と叱責することなく、まずは空間を離してクールダウンする安全なスペースを示してくれた。また、見通しが持てるように「あとで、自転車を選ぼう」という目標を提示してくれた。A君は、気持ちの折り合いをつける、という経験をすることができた。
発達特性のある子について思うとき、その子だけ「治す」という考え方が、結局その子にとっても周囲にとってもしんどい方向にいってしまうな、という思いに行きつく。周囲は、「特性があるからしかたない」ではなく、「特性に合った適切な支援」を行うことで、その子が大切な経験を積むことができるし、それは周囲の喜びにもつながるように思う。


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