見出し画像

letter|March 16, 2022

久しぶりに何かを書いてみよう、と思った。過去の自分の文章を読むと、なんだかものすごく精力的で元気がある気がして、どうしても今の自分と比べてしまう。友人に書く手紙は、そこまで構えないのに。自分と相対するのが億劫なのか。

都会にあるざわめきが恋しい、同時に今手元にある安心感や揺らがない気持ちに慣れてしまって、ふいにやってくる関係のない他者の悪意を受け流す技術は退化している気がする。言葉が安定しなくて、言い切ることが難しくて、ふわふわと浮かんでいる。

水を飲むように、本を読んでいる。最近は千早茜さんをよく読んでいて、食べることに関するエッセイはするするとからだに入ってきて心地が良い。ここで連載も読める。東京や京都で、彼女が行くお店に足を運んでみたいな、と企んでいる。
前よりネイルが剥げていても塗り直さなくなったし、安くて効果のある(らしい)スキンケアにハマってちゃんと朝夜鏡に向かっている。出勤しないので、メイク自体は週1するかしないかになった。
全部を自分のものにしなくちゃ、と焦らなくなった代わりに、無理やりなんとかしようとする勢いも減退している。それでも、PodcastでOVER THE SUNを聞いて笑ったり(つけたまま夜ストレッチしていたらパートナーもハマった)ドラマを見たり(おいハンサム!、ミステリと言う勿れ、真犯人フラグ)生活を送っているから、きっと大丈夫なんだと思う。

不安定さやうまくいかない気持ちをなだめて、溺れないように必死でへらへらしてみせて、歪みや偏りを愛する。つるんとしている人よりも、出っぱっていたり凹んでいる部分がある人に惹かれる。感染症が落ち着いたら、と考えている2000年代に戦争が起きる。世界中のアニメを見せて、対話することやその難しさをみんなで考えたいと思う。きっとどこかで誰かが変わらない人間の醜さを笑っている気がして、少し悲しくなる。

わたしにできることは、生活を続けること。そして、あなたがいなくなったらさみしい、と言い続けること。淡々と、エゴであっても。そうやって静かに今日が終わっていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?