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日本経済をどうみるか

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noteに書いた「日本経済を分析するためのノート」をまとめました。 日本経済の分析のための基本的なことを書いたものです。 いまの日本経済をみる際の基準になると思います。 どれも短…
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日本経済を分析するためのノート(1)

野口悠紀雄氏の『プア・ジャパン』という本を読みました。 野口氏は早くからアベノミクスについて、マネタリーベースを増やしてもマネーサプライが増えていないことを指摘して──つまり日銀券を大量に市場に出しても流通しなかったということ──アベノミクスが失敗であったことを明らかにしてきた方です。 しかしこの野口氏であっても、今後の日本経済の活性化のためには労働生産性の高いIT産業を興隆させればよいと、あの竹中平蔵氏と似たようなことしか言うことができていません。このことにはいささかがっか

日本経済を分析するためのノート(2)

「日本経済の活性化のためには労働生産性の高いIT産業を興隆させればよい」といったたぐいの議論を検討するために、まず経済学でいう労働生産性という概念についてみておくことにします。 この労働生産性とは付加価値の労働生産性ということです。言い換えれば1時間の労働でどれだけの物を作ったりサービスを提供できるかということ(これを以下、便宜的に「普通の意味での労働生産性」と言うことにします)ではない、ということです。 大雑把に言って、売上額から原材料費を引いた残りが付加価値です。これをそ

日本経済を分析するためのノート(3)

今回も抽象的・一般的なお話ですが、お付き合いください。 野口氏などが言っている、ITを活用することによって生産効率が上がり経済が活性化するということについてです。 IT技術が生産効率を上げるとよく言われていますし、それが実現されているのは確かだと思います。 しかしIT技術の活用による生産の効率化とはどういうことでしょうか、これを考えてみる必要があります。 それは大きく言えば、①IT技術を活用することによって、販売ルートや原材料の調達先の選定などを効率化できる、②IT技術の活用

日本経済を分析するためのノート(4)

野口氏は、2022年頃から巨大なIT企業群GAFAの業績が悪化しだしたことについて、それは行き過ぎの調整にすぎず、「これら企業の収益力はいまだに非常に高い」として、世界は「工場や店舗のような物的資本にたよらない」「データ資本主義」へと進んでいると主張しています。 ここではこの野口氏の主張について考えるために、GAFAの収益の構造について考察してみましょう。 グーグルとメタ(フェイスブック)の収益源は広告収入です。グーグルが収益の80%以上、メタがほぼ100%が広告収入といわれ

日本経済を分析するためのノート(5)

広告収入がグーグルやメタの収益の大部分でした。 これはSNSや検索エンジンで人を集めて、そこに企業広告を掲載させて収入を得るというものです。 広告表示の方法にはIT技術が多岐にわたって使用されています。しかし、IT技術は人が集まってくるサイトの形式をつくるために使われ、多くの人がサイトを見たり使っているということを活用して広告掲載費をとる、というのが基本的な構造と言えるでしょう。直接にIT技術が生み出すものを使って収益を上げているわけではありません。 一方、アマゾンなどのクラ

日本経済を分析するためのノート(6)

現代の先進国の経済の特質としては次のことがあげられます。 ①金融市場の厖大化 過剰となったマネーが金融市場に大量に流れ込み、いまや金融市場(株式時価総額、債券残高、銀行融資残高の合計)の規模は、世界全体のGDPの3.6倍に達しています。 このことにより景気循環の様相も変化してきています。 金融緩和による金融市場の活況 ⇒資産効果などによりその実体経済への波及 ⇒実体経済の好況 ⇒金融バブルの崩壊 ⇒実体経済の不況への推転 という構造をとるようになっています。 典型的にはア

日本経済を分析するためのノート(7)

②第三次産業中心の経済構造 現在の先進諸国経済の第二の特質として産業構造が第三次産業中心になっていることがあげられます。 GDPにおける割合では 日本:第一次産業1.2% 第二次産業26.6% 第三次産業72.2%(2018年) 米国:第一次産業0.8% 第二次産業18.2% 第三次産業79.0%(2019年) ドイツ:第一次産業0.9% 第二次産業30.5% 第三次産業68.6%(2018年) (出所は日本は内閣府経済社会総合研究所、米国は国務省、ドイツは国連) 就業者数

日本経済を分析するためのノート(8)

③政府支出の経済構造への組み込み 三つ目の特質は政府支出のGDPに対する割合が大きくなっていることです。 2019年の時点で見ると 日本:39.2% 米国:38.5% ドイツ:45.0% となっています(出所:内閣府、OECD)。 1960~64年平均では、日本14.9%、米国28.7%、西独34.4% 1990年は日本27.6%、米国37.7%、ドイツ(1991年)46.5%でした(出所:OECD)。 ヨーロッパ諸国の比率が高く、またドイツは東西統一時から上下しながら同一

日本経済を分析するためのノート(9)

さて以上見てきたことに踏まえて日本経済の特質と構造について考えてみましょう。 日本の名目GDPは現在世界第4位です。しかし一人当たりではOECD加盟38か国中、2000年の2位から2022年には21位に落ち、G7の中ではイタリアにぬかれて最下位に転落しました。アメリカの半分以下の値です。 平均賃金は2021年のOECD調査では加盟国中25位。こちらもG7では最下位でお隣の韓国よりも下。値は平均の78%程度です。 経済成長率は1995~2020年の25年間平均で、 日本0.

日本経済を分析するためのノート(10)

さて、きわめて粗っぽく日本経済の構造をまとめてみましたが、こうした見方を補足するために二つの考え方について考えてみることにします。 その一つは、日本経済の停滞は労働生産性の上昇が停滞しているためであるというとらえ方です。そしてもう一つは規制緩和が進まないのが停滞をもたらしているという考え方です。野口氏の著書においてもこうした見解がしばしば見られます。 まず、日本経済の停滞は労働生産性の上昇が停滞しているためである、というとらえ方についてです。これは端的に言えば、労働生産性の

日本経済を分析するためのノート(11)

労働生産性とGDPについて具体的に見てみましょう。 下図は2005年から2013年までの労働生産性の平均値を要因分解したものです。 このグラフから当時の日本では次のようなことが起こっていたと推定できます。すなわち、 生産を効率化したが、需要が増えずに価格を下げ労働投入量も減らしたため、得られた付加価値(名目GDP)が減り、労働生産性は変わらなかった。 しかし物価全体が下がったため、その分実質労働生産性は上がった。 ということです。 次に1995年から2020年の実質労働生

日本経済を分析するためのノート(12)

次に規制緩和が進まないことが日本経済の停滞をもたらしているという議論について考えてみましょう。 諸々の規制を緩和して自由な競争を実現することが、経済活動に活力を与え経済成長を促す、といった考え方です。 これはあまりに安易な考え方です。というのも、競争は生産の効率化へのインセンティブを促すだけでそれを実現するわけではないからです。 生産の効率化は生産そのものの技術性を上げなければ実現されません。そのためには、改善されたもしくは新たな技術の開発が必要です。 それがない場合は企業は

日本経済を分析するためのノート(13)

もう一つ、これは小泉内閣の頃から盛んに言われてきたことですが、規制緩和によって市場原理が働き生産性の低いところから高いところに労働が移動して全体の生産性を高めるという議論について考えてみましょう。 竹中平蔵氏などを先頭にしてこのようなことが言われてきましたが、じっさいのところは第二次産業の従業者が減り、第三次産業の従業者が増えています。第二次産業の方が明らかに生産性が高いにもかかわらず。 さらに第三次産業の中身についてみてましょう。 下のグラフは、第三次産業の2000年から2

日本経済を分析するためのノート(14)

さて、これまで見てきたことに踏まえて、IT化のもたらすものについて考えてみましょう。 IT化のもたらす生産の効率化はすでに述べたように、節約による省力化・合理化です。IT化を進めるために巨額な設備投資が必要になるわけでもありません。 現在の日本の経済の構造を前提とするならば、IT化の進展のもたらすものは就業者数もしくは労働時間の減少でしょう。しかしそれは労働者を楽にするものではありません。IT化の進んでいない労働集約的な分野で働く人がますます増えていくことにしかなりません。