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上村裕香『ほくほくおいも党』 雑感その2


◆ビラ配りと子ども

目の高さにある、横に長い長方形の板を手で押し開く。なかからうっすらと芳香剤のにおいがする。奥にはひとの気配がある。そこに紙を入れる。ぱたん、と板は閉じる。父の手がわたしの頭を撫でてくれる。父は大量の紙束をもってわたしの後ろに立っている。…
ビラを郵便受けに入れるのは、いつもわたしの役割だった。…

あなたの親が共産党の活動家であったなら、あなたが小学生だった頃、親のビラ配り(宣伝ビラの全戸配布)についていったことがあるだろう。
『ほくほくおいも党』はそんなビラ配りのシーンから始まる。
自身が小さかった時の原風景として記憶しているビラ配布の場面が思い起こされ、主人公・千秋の姿と自分が二重写しになるに違いない。

実は、わたしも、ビラ配りするときは、子どもらが小学5年くらいになるまでは、よく彼らを連れていった。
配偶者さんが土日出勤の時など子を家に置いとくわけにいかないというのが大きな理由だったけど、それに、ちょこまか動いたり、同じポストに二重投函したり、不用意に大きな音をたてたりするけれど、大いに助かった。なぜ助かったのか。

ビラを配布するときは、住人さんが玄関前を掃除していたら挨拶しないといけないし、「共産党で~す、読んどいてくださ~い」と発声したり、愛想笑いしたりといろいろ気を配ったりする。それが億劫なタチの私は、子がいっしょにいると、そういういろいろな煩わしさに絡む雑念を消し去ってくれる効用があったのだ。

千秋のお父さんが小さい千秋を連れ出した理由は何だったろう。少なくとも私みたいな後ろ向きな気分を糊塗するためでないのは確かだろうけど。

東久留米市のUR団地(『ほくいも』とは関係ありません)。
階段式の棟の場合、集合ポストではなく、各戸玄関ポストにビラを投函しようとすると、
階段上がり下がり運動を繰り返すことになり、非常に足腰が鍛えられる。

◆活動家って、なに

『ほくいも』には「活動家二世」という用語がでてくるけど、そもそも「活動家」とは何なのか。

千秋の父は、日本共産党のある県委員会の専従だ。専従とは専従職員のことで、会社で働いたり自営業をせずに、共産党の活動を一日中している。それだと生活できないので共産党組織から給料をもらっている。

こういう人を共産党は公式文書では「常任活動家」と呼んでいる。「専従活動家」は通称で、もっと略してたんに「専従」と言う人がおおい。かつては職業革命家と呼ぶ人もいた。
こういう組織から給与を支給される人は「活動家」のなかでもごく少数だ。

共産党の場合、市町村・都道府県会議員や国会議員も専従活動家の一種なのだが、ふつうは専従と呼ばず議員と呼んでいる。議員も専従の人が立候補して当選したという人がほとんどだ。
共産党のような組織政党は、組織マネジメント専門の専従者がいてはじめて議員を当選させることができるので、組織活動と議員活動を一人で兼ねることは物理的に不可能なので基本しない(中央委員会はスタッフがそれなりにいるので、幹部会委員長や書記局長らは国会議員を兼ねることができてるけど、地方ではそんな余裕はないのだ)。
千秋のお父さんも、知事選挙や参議院選挙に立候補してるけど、あくまで党の宣伝活動との位置付けである。

一方、こうした専従活動家や議員だけでなく、共産党には、会社や地域、大学などで活動するおおぜいの党員がいる(ほとんどの党員がそれである)。彼らは、それぞれの所属する組織や地域で3人以上の党員で支部とつくり、労働条件改善のためにたたかったり、学校給食無料化実現のための署名などいろんな要求実現運動をしている。彼らも「活動家」だ。ただ専従ではないだけなのだ。
9時から17時までは会社で仕事をし、17時以降、あるいは土・日曜に、党の支部会議や労働組合の会議、それらに関わる活動やイベントがあるので、支部委員なんかだと週のうち半分は帰宅が遅くなったり土日に家を空けることが多くなる。支部長とかだとさらにその回数が増える。

『ほくいも』では、お父さんを「活動家」と呼んでるし、一方、専従でない活動家も「活動家」と呼んでいる。とくだん専従であることを強調したいときは専従と書いているようだ。

わたしは制服のスカートのひだを伸ばしながら「午後から部活、そのあと誕生日会するから、今日はご飯いいよ」と答えた。「お父さんは?」「休みやけど、会議のあるけん、夕方から行って、赤旗配って、事務所に宿直で泊まって……」「それ休みなの?」
私は呆れて聞いた。

この冗談みたいな問答も、専従活動家あるあるである。
党から給料をもらっている専従活動家たちは、月~金の9時から5時まで「仕事」として活動し、それ以外の「休み」の時間も(専従でない活動家がそうしているように)活動してる、という理屈だ。
きちんと本当の休みをとるように党中央委員会は何度も言っているが、地方の現場ではなかなか徹底できてない現実がある。

なお、千秋のお父さんの肩書は、県委員会副委員長だ。
委員長や副委員長、書記長や常任委員などの役員以外にも、「〇〇委員会勤務員」と呼ばれる役員でない専従職員もいる。

つづく
つづきは、しんぶん赤旗がなにかを説明してくれる稀有な本…とか、活動家二世の生成過程とか、について。



『ほくほくおいも党』単行本は、オンラインで発売してましたが完売していて再版の予定はないようです。
が、商業誌で連載予定とのこと。未読の方はそれを待ちましょう。

商業出版ではムリだと言われ続けていた本作ですが、奇跡的に小学館「STORY BOX」で4月号(3月10日掲載)から半年ほど連載予定です(わたしが原稿を落とさなければ)。BCCKSでもSTORY BOXでも、ぜひお読みいただければ幸いです!


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