見出し画像

アイゴヒストリー2 アイゴは金型が2つ?

(前回までのあらすじ)
失明してしまったおじさんのために米田さんが制作し誕生したアイゴ、長く使用していなかったので金型が劣化して大量生産ができない。
このままでは視覚障害者が十九路盤で囲碁を楽しめなくなってしまう(ちょっと誇張)どうなるアイゴ!!?

さて、この辺りからこのnoteの著者である私こと柿島光晴が登場します。
お待たせいたしました(待ってない?)

2003年頃からアニメ「ヒカルの碁」を観て囲碁を始めた私ですが、2006年頃には、地元の碁会所の級位者数名に勝てるようになったり、石を何個か置かせるようになっていました。
周りの人にも視覚障害者用囲碁盤(アイゴではない)で目が見える人たちと普通に対局していることを褒められたり、驚かれたりして、思い上がっていたことは否めません。
今思うと恥ずかしいですが、いわゆる天狗になっていた訳です。

それを知ってか知らずか、当時通っていた碁会所の席亭さんが、大阪で開催される視覚障害者囲碁大会のことを教えてくれました。
まずは腕試しにと、早速主催者の日本視覚障害囲碁普及会に連絡し参加しました。
当時、視覚障害者囲碁大会は、十九路盤の部が一日目、九路盤の部が二日目に行われていたと記憶しています。

結果は、このnoteを読まれている読者さんの予想通り、十九路盤の部は惨敗。
世の中にこんなに強い視覚障害者たちがいるのかと驚かされました。
今思うと、この大会で負けたことで更に囲碁が好きになり、もっと強くなりたいと奮起した気がします。

その後、大会後の懇親会だったかと思いますが、視覚障害者の囲碁普及について森野節男九段と初めてお話させていただき、そこでアイゴの金型が使用できないことを知りました。
ただ、当時の私はどこにでもいる普通?の視覚障害者でしたし、イチ囲碁愛好家として、それは大変だなぁ、としか思えなかった訳ですが。

ここで一つ読者さんにお知らせしていないことがあります。
アイゴの金型は実は2つあります。
当たり前の話ですが、碁盤と碁石、それぞれ別々の金型を使って製造していました。
そして、碁盤よりも、碁石在庫の方が早く底を尽きかけていました。
多分、碁石が紛失したりして、碁石だけ欲しいという方がいたり、元々の在庫が少なかったかもしれません。
碁盤はあるのに碁石が無い。
碁盤よりも碁石金型の製造が急務だった訳です。

東京に戻って来た私は、囲碁熱が高まっていたこともあり、地元の碁会所以外にももっと対局できる環境を増やしたいと思って探しました。
その中で、NPO法人日本福祉囲碁協会という組織があることを知り、そこに連絡をしました。
日本福祉囲碁協会は、碁会所に通えない高齢者や障害者のために、老人ホームやご自宅まで対局ボランティアを派遣する団体です。

おかげさまで、私は日本福祉囲碁協会の方々によって、週に一回がっつり囲碁を打てる環境を手に入れることができました。
会員の方々は、主に社会人として現役を引退された人や、囲碁を趣味にしている方々でしたが、皆さんとても親切に丁寧に打ってくれました。
今の私のボランティア精神は、当時お相手していただいた会員の方々によって育ったと言っても過言ではありません。

そして、ある時、アイゴの碁石が足りないことを会員のお一人に話したところ、事態は急激に変化するのでした。

続く

参考リンク
日本福祉囲碁協会のホームページ
https://hukusiigo.sakura.ne.jp/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?