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読み手不在の文章

06:30 執筆スタート

おはようございます。アイダです。今日もここまできました。

原稿を書いたら少しスッキリしたので、書いてみようと思います。今日は本当に読み手のことを意識しないで書きますので、わからない人には本当に、わからないと思います。本当は、このnoteも書こうか迷っていました。書けないかなと思っていた。

今までできていたことが、急に、なんの前触れもなく、できなくなる。ということが、良くあります。でも、実際は、なんの前触れもなくなんてことはなく、前兆はあるんです。でも、前兆があったにせよ。その前兆を避けることもできないので、解決することはありません。

しょうがない、と割り切るしかない。割り切ったら、作業が進むかというとそんなこともありません。割り切ってやろう!と思うってことは、割り切れていないんです。本当に割り切っていたら、割り切ってやろう!なんて思いもしないんです。

言葉にはそういう重力があるように思います。宣言っていうのは、その重力を振り切って飛び出すのには重要な儀式ではあるんですが、その分反発も多い。宣言自体も強い言葉で構成されているので。そのまま引っ張られてしまうことも多い。

自分は約束ができない人間であることを自覚した方がいいです。約束を全部果たすと、力尽きてしまう。そして、続けるべき約束が守られなくなってしまうんです。自己嫌悪みたいなものも襲ってくるでしょう。

今、とにかく意識しているのは。いい、悪いを考えない様にすることです。このことをジャッジしない。というのかもしれません。自己啓発書にも書いてあったような気がします。

自己啓発書は役に立ちません。それは、本の内容が悪いというわけではなく。読者側にあるんだと思います。自己啓発したい!と思ったときに引っかかる言葉というのは、自分にとって都合のいい言葉ばかり。いい時はいいことばっかりめについて、悪い時は、自己否定的な部分ばっかり目がいく。

だから、自分みたいな人は特に、近づいてはいけないんだなぁと思います。昨日本屋にいったんですけど、棚だけちらっと見て、立ち去りました。防衛本能が働いたんだと思います。頭は動いていなかったと思うので。体が教えてくれた。不思議な感覚でした。

こんな、訳のわからん文章を読んでくださってありがとうございます。今年は大変お世話になりました。また、来年も訳のわからん文章を書き続けていこうと思いますので、よろしくどうぞ。

06:45 執筆終了

病的に飽きっぽい人
アイダ

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