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夜の天才、川谷絵音。

『夜行秘密』
indigo la End

恋のうたばかり。それも夜の恋。夜とはいえミステリアスだったりエロティックだったりするわけではなく。夜という時間と空間にひそませる密やかな想いこそが恋なのだという独白型証明がここには敷き詰められている。
 すべてが「おんなうた」に聴こえる。厳密にはそうではないようだが選ぶことばのせいなのか。曲調のためなのか。アレンジの成せる技なのか。はたまた歌い方によるものか。あるいは声質そのものに起因することか。とにかく音像が女性のモノローグと化している。その様子がこのアルバムの魅力であり才能でありアイデンティティである。
 夜なる時空が指し示すものとは何か。孤独である。恋とは相手とするものではない。恋はひとりきりでするものだ。この真実に寄り添うのが夜という色であり温度でありテクスチャである。
 「あなた」への呼びかけは自分自身への言い聞かせ。負け惜しみは沈黙につぶれないための呪文。否定はなによりの讃美。過去形は這いつくばるような現在進行形。総括は総括なんてできないからこその懸命なダイヴ。
 叙事が叙情になだれていく呼吸。客観的視座が主観的心象に折り重なっていく速度。緻密で豊穣な曲間。それらの術があらゆる点たちを結びつけ物語を生み落とす。
 13曲め「夜光虫」の終わりからラスト曲「夜の恋は」までの無音に夜は在る。一瞬の夜。歴史は夜つくられる。永遠の夜。かけがえのない夜。
 川谷絵音は夜の天才だ。

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