相田冬二賞2023審査委員長特別賞「錦戸亮」ステイトメント
相田冬二賞は、わたくしの独断で決定されていると思われがちですが、そんなことはありません。大晦日当日ギリギリまで、審査員たちの厳格で徹底的な合議が行われ、時には殴りあいにまで発展することもあります。もちろん、わたしも審議に参加していますが、誰が受賞するか、12月31日の発表直前まで、ほんとうにわからないのです。
「審査委員長特別賞」は、あらかじめ候補者を明示することなく、わたくしの独断で決めることができる唯一の賞です。毎年あるわけではなく、どうしても、という時だけ、事前に発表します。今年はかなり早いタイミングとなりました。
2023年は、錦戸亮さんが本格的に俳優業に復帰された記念すべき年と言えるでしょう。「待望」とは、待ち望むこと。ここまで待ち望まれた俳優も近年稀ですが、彼はその期待を遥かに超える驚くべき達成を、なんと二本の映像フィクションで見せてくれました。
NHKとNetflix。メディアも違えばフォーマットも異なる対照的な作品それぞれで、彼にしか成し得ぬ夢のような存在感を披露しています。
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」では、不在の父親という夢を、「離婚しようよ」では、文字通り夢のような男を体現しています。前者にはスピリチュアルな悲しみとその先にある救済の権化として。後者では絵空事ではない卑屈さと深遠な普遍性を解け合わせるように。
いずれも困難な役どころですが、どこか軽やかでチャーミング。俳優として沈黙していた時間の年輪も感じさせる、両極の芝居。思い出しただけで、笑みがこぼれ、涙が流れます。どちらのキャラクターも、既にわたしたちの深層心理の大切な住人となっています。
錦戸さん、おかえりなさい。日本の映像界には、あなたがどうしても必要です。これからも「家族」の父親のようにわたしたちを見護り、「しようよ」の芸術家のように一途な魂を見せつけてください。よろしくお願いいたします。
相田冬二賞2023
審査委員長
相田冬二
2023.11.14