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皇太子殿下の山

※この文章は現在の天皇陛下が皇太子殿下であられた際に書いたものである。


紅葉の涸沢ヒュッテに泊まったとき、同室者の間で皇太子浩宮徳仁殿下の登山の話題が出た。
『あの方は北の利尻岳、開聞岳まで百数十回も登山されてる。本物の山好きと思うね』
『本当かなあ。聞くところでは、宮内庁のお付きの方がすべて気配り手配し、ご本人は何もせずに手ぶらで登っているそうだけど…』
『皇室の方が山に登るとなると、地元や関係者は大変な騒ぎになるらしい。登山道、指導標の整備や山小屋の改修など、一般登山者と同じにどうぞとはいかないだろうしね』
『それが世間に伝えられるほどでもないらしい。登山道と道標の整備はやるらしいが、山小屋はせいぜいトイレを清潔にする程度だそうですよ』
『それと登山道では警察官も山姿で殿下に同行したり、樹の影でも警備するらしいね』
『だけど殿下は重いザック担ぎ、びっしっと決めた山装備、どう見ても本格派ですよ』
話はだんだん細かいところに入ってきたとき、奥多摩町から来たという男が口を開いた。
『私の住む町に奥多摩山岳救助隊の関係者がいますが、彼から直接聞いた話を披露します。聞いてください』
と、皇太子殿下が平成16年9月、奥多摩、鷹ノ巣山に登られたときの様子を話してくれた。
ちょうど台風一過の素晴らしい秋晴れ、山岳救助隊員は警備を応援担当していた。登りを浅間尾根にとって山頂へ、水根山から萱ノ木尾根を奥多摩湖へ下るハードな計画だった。
殿下は初秋の陽光のなか、さわやかな汗をかいて登られた。山頂では富士も見える最高の展望であった。山頂では新聞社が待ち構え、盛んにシャッターを切っている。記者の質問にも気軽にお答えになられる。
昼食を済まされた殿下が山岳救助隊の責任者のところへ来られ、
『貴方がXXさんですか?』
声をかけられた。まさか自分をご存じだとは思ってない、その人は驚いた。殿下は
『貴方の書かれたガイドブックを拝見しました。この浅間尾根は事故もあった、難しいコースだったのですね』
『あの川苔山も以前に登りましたが、あそこもきつい山でした』
『奥多摩小屋には学生のころ1度泊まり、その後は雅子と雲取山に登ったときも立ち寄りました。懐かしいですね』
その隊員も遠慮なく殿下に質問
『つぎはどの山を登られますか?』
『奥多摩でもまだ登ってないコースが2ヶ所あります。長沢背稜と千本ツツジからこの鷹ノ巣山ですね。長沢背稜はどこから登ったほうがいいですか、天祖山からがよいですか?』
と実に奥多摩の山に詳しい。
『雲取山荘で1泊されて、翌日に西谷山、天日山を経て日原へ下られると楽です』
隊員が答えると
『私はもう15回も奥多摩の山に登ってますが、いつも多くの方々に同行や協力して頂いております。本当に感謝しています』
殿下は自分の荷物は自分のザックで全部背負われる。お付きの方が代わって背負うことは絶対にない。
また地図もしっかり見て山座同定もされる。その人は
『殿下の登山は本物だ』
と最後の言葉を結んだ。

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