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「やさしい隣人」と「困った隣人」

12月は複雑な月だった。
まず、前回書いたブログのおかげで、連絡がきて、人生が少し進んだ。
こっそり会って、お話をした。好き嫌いが似ていて、私たちのお父さんはもしかしたら好き嫌いが似ていたから仲良くなったのかもと思ったりした。
今度あうときは、私の髪の毛は金髪で、彼女の金髪は黒髪になっている。

そして、人生いろいろ、のタイミングで松戸市のPARADISE AIRというレジデンス施設による「MATSUDO AWARD」という賞を受賞することができた。
ここでは、2年ほど前から考えていた信仰の形、をさらにブラッシュアップすることにした。
信仰の形は、私にとってはスケールが大きすぎる、そんなことを考えていた去年。祖母が認知症になった。
松戸生まれの祖母は、子供の頃と現在の話が交差する。松戸というワードは度々祖母の口から出て来る。しかし出来事はもういつのことかわからない。
もし私が美術家であるならば、この困った隣人のことを、美術の力で少しだけなんとかできないか。松戸アワードのテーマは、祖母から考え始めることにした。
そんなモヤモヤをかかえながら12月の頭にはパリに行った。

パリでは友人が、制作と生活の、20cmの側溝みたいな所にはまって生きていた。
しかし、20cmの側溝は、私には羨ましく見えた。途中からストライキ。こんな街でどうやって生きていくのか、同時に混乱した。
彼は毎日自炊する、最近できたスーパーを物色する。瓶の蓋を開けてという。
こんな些細な毎日の、ささやかな日の光が、20cmの側溝から芽を出させるんだとしたら、それは美しくあるに違いないだろうな、と思った。
多分一ヶ月分くらいの話をしたけれど、物足りないまま帰ってきた。

帰って来て、PARADISE AIRへの滞在を始めた。
この、信仰に関するプロジェクトは、今、隣の、手が届く人に美術が理不尽に巡り合うような内容にしようと思った。
タイトルは「やさしい隣人」と名付けた。祖母は粘土を転がしながら、自分の母の話とお金の話をした。
平たくなったプレートを立てて、ここに「金」と三度書くと豪語していた。三つ子の魂百まで。

12月31日、訪れて来た友人を道連れに、彼は初めてだというクラブで年を越した。多分初夢は富士山じゃなくて悪夢を見たと思う。謝罪したい。

そんなわけで、「やさしい隣人」というプロジェクトを、長い一生をかけて繋いでいく。

ウチダリナ「やさしい隣人」
ワーク・イン・プログレス PARADISE AIR
http://paradiseair.info/news/2020/01/09/10713

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