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今日の1枚:リスト《ファウスト交響曲》カラビツ指揮

リスト:
ファウスト交響曲 S.108
メフィスト・ワルツ第3番 S.216(編曲:ライゼナウアー/カラビツ)
ボリス・リャトシンスキ:グラジーナ作品58
Audite, AU97761
キリル・カラビツ指揮シュターツカペレ・ワイマール
アイラム・エルナンデス(テノール)
ワイマール国民劇場合唱団、合唱指揮:イェンス・ペーターアイト
テューリンゲン少年合唱団、合唱指揮:フランツィスカ・クバ
録音時期:2022年6月12,13日

 キリル・カラビツと、彼が2016年から19年まで音楽監督を務めていたシュターツカペレ・ワイマールは、先に同じフランツ・リストの《ダンテ交響曲》を採り上げて、非常に優れた録音を作っていました。当盤は待望の続編ということになります。
 フランツ・リストの《ファウスト交響曲》は演奏会でも録音でも滅多に採り上げられない作品ですし、聴いたことも関心もないという方も、また聴いたことはあるけれどもまったく感心しなかったという方もおいでのことでしょう。全3楽章からなり、演奏時間が軽く1時間を越えるこの作品は、第3楽章の主題がすべて第1楽章の諸主題の変奏である、という破格の構成に加えて、第3楽章終結部には任意でテノール独唱と男声合唱が加わるという大きな構想を持ち、それらの点だけでもリストの作品史上、また音楽史上に大きな足跡を残す作品であることは間違いないとして、では実際に聴くとどうにも冗長だとか、退屈だとかと感じる向きは少なくないかもしれません。確かに音楽が展開するプロセスに無駄のようなものがあって、必要以上に音楽が長くなっている印象はあります。(往年の名指揮者シャルル・ミュンシュは、この曲をボストンで採り上げるにあたって第1,3楽章に大胆なカットを施し、全曲を46分で演奏してみせたことがありました。)
 しかし、私などはその冗長さも含めて、この作品を愛しています。次々に登場する諸主題が、ためつすがめつさまざまな角度から吟味され、彫琢され、別のものと結び合わされたり分離されたりしながら育っていき、そのプロセスの中で標題として提示されているファウスト、グレートヒェン、メフィストフェレス各人の性格が音楽の中に描き出されていくという、そのありようには他の音楽では味わえない魅力があるように思います。
 さて、カラビツの演奏です。彼はクレシェンドの頂点を迎える一瞬前に溜めを作るとか、テンポを落とすとか、そういった前時代的な大仰な演出を排して、音楽をストレートに進めていきます。旋律の歌わせ方も恰幅よい落ち着きを見せる一方でダイナミクスの変化には俊敏な切れ味のよさがあります。その一種アンビヴァレントなスタイルの中で、各場面の情趣をしっかりと描き出していく点にこの人の巧さがある。しかもそうした巧さが、老獪な手練れという印象よりも、若やいだ新鮮さを感じさせてくれるのがこの人の美点と言えるのではないでしょうか。
 さらに特筆したいのがオーケストラの出来映えです。この作品は音楽としての規模から大編成のオーケストラで演奏されることが多いのですが、要求される管弦楽は2管編成であって、鬼面人を驚かすような大音量は必要でない。それどころか第2楽章のオーケストレーションなど実に室内楽的な繊細さをみせていて、ステージいっぱいに広がる合奏ではその面白みが損なわれてしまうことでしょう。私自身大編成の管弦楽と、2管編成らしく弦を刈り込んだ管弦楽と、両方を演奏会で聴いたことがありますが、こと第2楽章に関する限りは後者が正解であることは疑いないように思います。日本では沼尻竜典や小泉和裕がこの曲を採り上げるにあたって弦を刈り込んだ適正な編成を起用して、秀演を聴かせてくれました。
 で、ここでのシュターツカペレ・ワイマールは、音を聴く限りいくぶん小さめの弦合奏を起用していて、技術的にも十分堅実であり、この作品にふさわしいサウンドを繰り広げていると言えます。そのスケール感が心地よい一方で、管楽器をはじめソロがどれも達者で、しかもなかなかに味わい深い音色を披露している。個々のソロも美しいのですが、ふたつ以上の楽器がユニゾンで声を合わせるときの音色の重ね方が絶妙で、思わず聴き入ってしまいます。金管楽器も力強くはあっても無駄に合奏を煽ることがなくて上々です。弦楽器の深みのある音色も、作品にさらなる味わいを添えて心に残ります。
 また最後に参加する合唱も、夾雑物のない済んだ歌声を繰り広げて心地よく、テノールのエルナンデスも癖のない歌が好ましい。よい後味を残すフィナーレとなりました。
 併録はリスト晩年の《メフィスト・ワルツ》第3番を管弦楽に編曲したもの。これはどうかなあ。原曲は素直に盛り上がることのできない屈折と、それでも奏者を追い立てる名技性とのせめぎ合いに面白みのある曲なんだけれども、管弦楽版では技術的な難所が均されてしまい、妙にのどかな音楽になったのが気になります。
 また、配信版ではリストの2作品に加えて、ボリス・リャトシンスキ(1895−1968)の交響的バラード《グラジーナ》が収録されています。カラビツはこの、あまり知られていないけれどもなかなかに面白い曲をシャンドスにも録音していて、今回は再録音。演奏は当盤の方が引き締まった感じがして、優れているような気がするなあ。

(本文1982字)


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