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今日の1枚:リスト《超絶技巧練習曲集》&ピアノ・ソナタ(ピエモンテージ)

リスト:超絶技巧練習曲集 S.139、ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
フランチェスコ・ピエモンテージ(ピアノ)
録音時期:2021年4月、5月

 ピアニストのフランチェスコ・ピエモンテージ、ソロでのレコーディング・デビューは、2009年に録音されたスイスのクラーヴェス・レーベルに入れたシューマンのピアノ・ソナタ全集&《幻想曲》だったと思います。1983年にスイスのロカルノに生まれた彼は、2007年にエリザベート王妃国際コンクールで3位に入賞したのを契機に積極的な演奏活動を開始しました。最近ではジョナサン・ノット指揮するスイス・ロマンド管と共演し、ラヴェルとシェーンベルクのピアノ協奏曲にメシアンの《異国の鳥たち》を並べるというユニークなアルバムが話題ともなったピエモンテージの最新盤は、フランツ・リストの《超絶技巧練習曲集》とロ短調ピアノ・ソナタを並べるという、やはり並々ならぬ意欲を感じさせるものとなりました。
 ブックレット冒頭にあるピエモンテージ自身の言葉によると、彼からみて《超絶技巧練習曲集》は音楽のエヴェレストのようなもので、人生の早い時期に取り組むべきものではないと感じていたとのこと。そこで演奏者が対峙する難技巧は、指先だけで解決できるようなものではなく、全身を使ったサウンドを実現したとき初めて、管弦楽の色彩を持った練習曲に、音楽による詩になる、というのが彼の主張です。
 その《超絶技巧練習曲集》では、唖然とするような技巧で勝負する録音も数々あるのは周知の通りです。ピエモンテージも技術的な面でそれらにおさおさ引けをとるようなことはありません。しかしここで聴き手を惹きつけるのは、そうした技巧よりもサウンドの美しさではないでしょうか。彼のピアノは、どんな難所でも響きを濁らせることを巧みに避け、各レイヤーの距離を適切に測った上で立体的に音を配置していく。加えて彼の音色は本来的に透明感があって、重厚な和音も、実に軽やかに鳴らしていきます。例えば第6曲《幻影》。両手を低声域において重々しく開始されるこの曲で、アルペジオや重い和音の積み重ねを、音を濁らせたり、耳障りに打ち鳴らしたりすることなく、清潔な響きを持続させつつスケール大きく盛り上げていくさまには驚かされます。
 さらに楽譜をチラチラ見ながら聴いていると面白いのは、楽譜にある強弱の指定、特に弱奏の指定にたいして、非常に細やかに反応していることです。技術的な難しさに足をすくわれるか、あるいは自らの技巧を誇示するのか、がなり立てるとまではいかなくとも大きな音量で押し切る演奏も多いこの曲集ですけれども、ピエモンテージは強弱の推移や対比に注意を払い、かつテンポを小まめに揺らしつつ旋律をよく歌わせて、音楽としての起伏をきっちりと刻んでいきます。重音のアルペジオが連続する場面でも、それを機械的に鳴らし続けるのではなくて、息遣いを感じさせる起伏や伸縮をわずかに滑り込ませて、音楽的な流れを作り込む。しかもそれがわざとらしくならず、自然に実現されていく点に、この人の底力が感じられます。
 ピアノ・ソナタも見事な演奏です。演奏家によってさまざまなアプローチがある、という点では《超絶技巧練習曲集》も足許に及ばぬこの大作で、ピエモンテージは直線的なドラマを先に思い描いてから細部を刈り込んでいくよりも、細部の動き・起伏、対比に繊細に反応して各部を精妙に音にし、それを大きくまとめ上げるというタイプのアプローチをとります。弾き飛ばす箇所はなく、磨き抜かれた細部の連続に強弱の変化を息長く弧を描くように込めていく。ここぞというところで大見得を切ったりしないので、有名なコラール風の主題も流れの中で自然に沸き上がり、刹那的な陶酔に身を任せずにそのままさり気なく遠ざかっていく。それはドラマに乏しいのではなくて、全体に濃密な描写・濃密なドラマが連続するために、どこかが突出して強い印象を与えるということにはならないのです。勢いに乗せて一気呵成に最後まで聞かせる、という演奏ではありませんが、聴いてお腹いっぱいに鳴ること請け合いです。

(本文1624字)


Liszt Piemontesi

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