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今日の1枚:リムスキー・コルサコフ《シェエラザード》ほか(キタエンコ指揮シュトゥットガルト放送響)

リムスキー=コルサコフ:交響組曲『シェエラザード』 Op.35
2. リャードフ:交響詩『魔法にかけられた湖』 Op.62
ドミトリ・キタエンコ指揮シュトゥットガルト放送交響楽団
ナタリー・チー(ヴァイオリン)
Hanssler SWR Music, SWR19138CD
録音:2014年11月7,9日、2013年6月13,14日

 ロシア出身で1940年生まれの指揮者、ドミトリ・キタエンコは、同世代の同郷の指揮者、例えばウラジーミル・フェドセーエフや、やや年上にあたるゲンナジ・ロジェストヴェンスキーに比べると、ディスコグラフィ的にはやや地味な存在でした。しかし今世紀になって、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団とチャイコフスキー、及びショスコタコーヴィチの交響曲全集を録音したことで注目度を一気に上げたのでした。(確かこれらのレコーディングの功績で同管の名誉指揮者の称号を贈られたはずです。)特にチャイコフスキーの全集は、話題になること少ないものの、重厚な弦の響きやバリバリと鳴らした金管が作るロシア風のサウンドや、深い息遣いを感じさせるカンタービレが印象的な演奏でした。過去にモスクワ・フィルやフランクフルト放送響、ベルゲン・フィルなどの首席指揮者を歴任し、それなりに録音も重ねてきたのですが、近年の客演指揮で成したアルバムの方が好評を得ているというのは、ちょっとユニークです。
 そんなキタエンコの最新盤は、2013年、14年とちょっと古めの録音です。曲目はお馴染みの組曲《シェエラザード》に、最近ではかなり珍しくなったリャードフの《魔法にかけられた湖》。後者はキタエンコお気に入りの演目なのか、2018年にケルンでも録音していました。この《魔法にかけられた湖》を聴き比べると、なかなかに違った演奏となっているのが興味深いと言えます。ケルンでの演奏は、いくぶん原色に近い、明確な音色を各部が持っていて、それをよく対比させつつ、細部をくっきりと聞かせていきます。それに対してシュトゥットガルトでの演奏は、朦朧体とでも言えそうなサウンドを作って、全体のブレンドに気を遣っている。これはオーケストラのニュートラルな性格が大きく影響していることでしょう。その一方で、わずかにあらわれる歌謡的な旋律はたっぷりと歌い込んで、模糊とした響きの中に一瞬のアクセントを置いていく。ちなみに今、昔懐かしジョージ・セル指揮クリーヴランド管の演奏を聴きながら原稿を書き進めているのですが、細部のイヴェントをことごとく前面に出していくセルのアプローチとは真逆と言ってもいいでしょう。
 メインの《シェラザード》は、一転してヘビー級の聴き応えがある演奏です。第1楽章からその表現の濃厚さにあてられっぱなし。「濃厚」と一口に言いましたが、冒頭のシャアリアール王の主題が、威厳に満ちて始まりながらも末尾でいきなりデリケートな弱奏へと移行するのに始まり、全体にゆったりしたテンポをとった中で、さらにたっぷりとしたルバートで旋律を不断に伸縮させながら歌い上げたり、厳しいアクセントと柔らかいアクセントを使い分けて濃い陰翳を刻んだり、楽譜にない強弱の変化を頻繁に盛り込んだり、高揚の頂点でこれ見よがしにテンポを落として見得を切ったり、あるいは逆にインテンポのまま突き進んで強い推進力を前面に出したり……。そうした表現技巧がてんこ盛りに盛り込まれていて、聴き手をぐいとつかんで離さない強さを見せつけます。合奏ばかりでなく各楽器のソロも、自在な吹きぶりでキタエンコの音楽に貢献していく。《シェエラザード》という作品は、安直なオリエンタリズムを楽譜から遠ざけつつ逆にオリエントを強く感じさせるというアクロバティックな音楽ですけれど、それを楽しく聴かせるには語り口や演出の巧さが厳しく要求されます。だからこそレオポルド・ストコフスキーやエルネスト・アンセルメ、ユージン・オーマンディといった往年の巨匠たちの録音がいまだ色褪せずに聴き継がれているのですが、キタエンコの演奏はよい意味で手練手管の限りを尽くしたかのようで、彼らの系譜につながる、現代には異形の演奏と言っていいかもしれません。特に第4楽章のクライマックス、舟の難破を描いた場面でティンパニに楽譜とは違う連打を思い切り打ち込ませて驚かせるあたりは、特にそうしたことを強く感じさせます。
 指揮者キタエンコは、今まで私が聴いてきた録音では、前述のチャイコフスキーあたりに重厚かつ積極的な表現を感じさせてくれましたけれども、こうした表現の濃厚さを見せつけるかのような演奏には、今までであっていなかった気がします。
 なお、《シェエラザード》でのヴァイオリン独奏はナタリー・チー。シュトゥットガルトを経て現在はケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団のコンサートマスターを務めています。

(本文1824字)


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