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今日の1枚:ラヴェル《弦楽四重奏曲》他ーヴォーチェ弦楽四重奏団

瞬間の詩学II Poétique de l'instant II
ラヴェル:弦楽四重奏曲ト長調
ラヴェル:マ・メール・ロワ組曲(エマニュエル・セソン編曲)
ブリュノ・マントヴァニ:弦楽四重奏曲第5番
ラヴェル:序奏とアレグロ
Alpha, ALPHA933
ヴォーチェ四重奏団
ジュリエット・ユレル(フルート)
ルネ・ドラングル(クラリネット)
エマニュエル・セソン(ハープ)
録音:2021年4月、12月

 ヴォーチェ弦楽四重奏団は結成18年といいますから、既に中堅の域にある団体です。録音はけっして多くはないけれども、非西欧圏の作品を横断的に採り上げたアルバム『道程Itinéraire』(Alpha)では意欲的な内容で強い印象を聴き手に残してくれました。彼らは先に『瞬間の詩学』と題したアルバムを1点発表していて、これは今回の新作と合わせて2部作となるものだそうです。第1巻がクロード・ドビュッシーの弦楽四重奏曲を中心に現代の作曲家イヴ・バルメールの新作も入れるという内容だったのに対し、第2巻はモーリス・ラヴェル(1875−1937)の弦楽四重奏曲をメインに、同じラヴェルの《序奏とアレグロ》、ハープ奏者のエマニュエル・セソン(彼は以前、ヴォーチェ四重奏団とアンドレ・カプレの《幻想的な物語》を中心とする面白いアルバムを作っていました)が《序奏とアレグロ》と同じ編成の七重奏用に編曲した《マ・メール・ロワ》組曲とを収めています。
 まずはラヴェルの有名な弦楽四重奏曲です。この曲の録音ではテンポ・ルバートを多用して流動感を演出したり、艶やかな音色を前面に出して陶酔的な表情を作り込んだりする演奏もままありますが、ヴォーチェ四重奏団はそうした団体とひと味違います。大向こう受けする見得を切ったりすることは控えて、外に向けてエネルギーを発散させるよりも内に向かって凝縮し、端正な音楽を作り上げていく。スフォルツァンドやスビト・ピアノといった強弱の対比に分かり易いルバートを付したりもせず、その意味では一聴愛想の悪い演奏なのですけれども、終楽章に聞かれるように力感に不足することはなく、清潔な中に強弱の交替は十分に実現されています。音色の変化は多彩というのとはちょっと違うけれども、細かいところにまで神経が通っていて、デリケートな色彩の変転はきちんと押さえられています。第3楽章など、末梢神経をくすぐったりせずに誠実に弾き切っている点、非常に好感が持てます。
 《序奏とアレグロ》は小編成ながら色彩に富んだ音楽です。ここでは随所に艶やかな歌を挿みながらもいくぶん渋めの弦楽四重奏に対して、フルート、クラリネット、ハープの3人がそれぞれの音色をストレートにぶつけていくのが印象的。それでいて媚びるようなしなを持ち込まないのは、ヴォーチェ四重奏団のスタイルを尊重した結果なのでしょう。《マ・メール・ロワ》組曲も同様の演奏ですが、ここでは「パゴダの女王レドロネット」の銅鑼を筆頭に、あちこちに「あれ?」という音色が散りばめられているのが面白い。
 ブリュノ・マントヴァニ(1974年生)というと、筆者の場合売り出したばかりの頃の、ジャズやテクノ、ディスコなど、さまざまなポピュラー音楽の要素を盛り込んだある種ファンキーな作品のイメージが強いのですが、近年はパリ音楽院の院長を務めたせいなのか、ずっと本格的で手の込んだ作品ばかりを耳にします。弦楽四重奏のための作品というと、クス四重奏団のベートーヴェン全曲録音の付録で第6番《ベートーヴェニアーナ》という作品がありました。10分ちょっとの長さの中に、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全17曲の要素をギュッと詰め込んだという、パロディ的な曲です。当盤に収録されている第5番は2020年に書かれたもので、コロナ禍の逼塞のうちに「ささやかな書法的な挑戦」として書かれたとのこと。厳格なカノンを根底に置きつつ、音響が次第に変容していくさまを描くというコンセプトを、マントヴァニ自身は画像処理におけるモーフィングになぞらえています。その音響の移り変わりが、ある種の格調の高さを保ちつつも実にスパイシーで、聴く楽しみに満ちています。
(本文1515字)


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