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今日の1枚:ファリャ《三角帽子》《代官と粉屋の女房》バリエンテ指揮マラガ・フィル


Falla - Valiente


マヌエル・デ・ファリャ:代官と粉屋の女房、三角帽子(全曲)
IBS Classical, IBS82023
ホセ・マリア・モレノ・バリエンテ指揮マラガ・フィルハーモニー管弦楽団
カロル・ガルシア(メゾ=ソプラノ:代官)
セレナ・ペレス(メゾ=ソプラノ:三角帽子)
録音:2022年2月2−5日、2023年1月10−13日

 2023年はパブロ・ピカソ(1881−1973)の没後50周年にあたるとのことで、彼がセルゲイ・ディアギレフ率いるロシア・バレエ団の公演で舞台美術を担当したマヌエル・デ・ファリャ(1876−1946)のバレエ《三角帽子》全曲を、ピカソの生地マラガのオーケストラが録音したというアルバムがリリースされました。しかも併せて収められているのは《三角帽子》の初稿にあたるパントマイム《代官と粉屋の女房》全曲です。
 《代官と粉屋の女房》はアラルコンの小説『三角帽子』を題材に、小さな劇場でのパントマイム用音楽として作曲されました。作曲中にディアギレフよりロシア・バレエ団の公演のための改作を依頼されており、1917年にいったんオリジナルの形で初演された後、大幅な改変を経て、よく知られるバレエ《三角帽子》として完成、1919年にロンドンで初演されました。オリジナルの《代官と粉屋の女房》はメゾ=ソプラノ独唱とフルート(ピッコロ持ち替え)、オーボエ、クラリネット、バスーン、ホルン、トランペット各1,ピアノと弦楽という小さなものでしたが、改変に際してはメゾ=ソプラノとピアノを含む2管編成のオーケストラで演奏するように仕立て直されています。
 バレエ《三角帽子》は初演以来常に多くの人から愛され続けてきました。物語としてはコケットな粉屋の女房と、彼女に言い寄る好色な代官、不器量な粉屋の3人が繰り広げる、他愛もないコメディで、中世ヨーロッパの笑劇やら16世紀イタリアのコメディア・デラルテなどにありがちな内容ですけれども、それぞれの性格がくっきりと音楽の中に書き込まれている上に、さまざまな舞曲が物語を彩って、切れ味のよい展開と、ときに甘く、ときに苦味を含んだユーモアをふりまく点、深刻さをウリとする独墺系音楽ではけっして味わうことのできないひとの心の妙味を伝えて、実に楽しい聴きものとなっています。
 さて、《代官と粉屋の女房》は長い間《三角帽子》の成功の陰に隠れていましたが、1983年にヘスス・ロペス=コボス指揮ローザンヌ室内管弦楽団によって録音されて世に知られることとなり、その後ニコラス・クレオバリー(クリーバリ)やジュゼップ・ポンスも録音を行っています。ファリャのもうひとつのバレエ音楽《恋は魔術師》にも、フラメンコ劇のために書かれた小編成管弦楽のための初稿版があって、こちらも80年代以降たびたび録音が行われており、しかもその初稿版は《代官と粉屋の女房》よりも演奏機会に恵まれているようです。これは完成稿の《恋は魔術師》に比べて初稿版がはるかに長大で、音楽的に非常に豊かであることによるのでしょう。それに対し《代官と粉屋の女房》は《三角帽子》よりわずかに長いくらいであり、また曲順は大きく異なるものの、決定稿に比べて特に豊かと言えるほどではないために、今ひとつ話題になりにくいのかもしれません。しかし、決定稿のスコアは《代官と粉屋の女房》の楽譜を直接拡大する形で書かれているので、楽器間のバランスにおいて明らかに初稿版の方が優れている箇所が散見されますし、華やかな舞曲を含む《三角帽子》に対してより粗削りな、独特の魅力を持っています。少なくとも私は、派手さにはしらず土臭さのある初稿版の方が好ましいと感じています。
 今回採り上げる盤は、《代官と粉屋の女房》と《三角帽子》を1枚のアルバムに収めていますが、これはディスクとしてはおそらく初めての企画でしょう。ソロの楽器が近めの距離感で鳴り響き、生々しい《代官と粉屋の女房》、オーケストラらしい遠近を備えて、個々の楽器の響きと同時にマスとしての響きの色合いを伝える《三角帽子》、ふたつの曲が同一の楽団によって演奏されることで、それぞれのオーケストレーションの違いが実によく聴きとれるのが面白いと言えます。オーケストラは《三角帽子》においてもそれほど弦楽器に厚みがなく、合奏も多少緩めなのですけれども、いくぶんアースカラー系にくすんだような色合いがユニークですし、どちらの曲においても活き活きとノリのよいリズムが一貫していて、楽しい聴きものになっています。
(本文1681字)


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