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【短編小説】徒労の人 ~なぜ書くのか~(全9話)+あとがき

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「犯人はあなただ!」「さあ、聖杯を取り出せ」「紫式部になりたい!」限界まで潜ったその先にある、指先に触れたものをつかみ取れ。あなたは書くために生まれてきたのだから。
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#作中小説

【短編小説】徒労の人 ~なぜ書くのか~ 第2話

   第2話 「あのぉ……愛馬センパイ、ちょっといいですか?」  定時まであと五分を切ったところ。開いたパソコン画面は単なるカモフラージュで、明日提出することになっているデータはもう保存済み。心の中ではカウントダウンの準備が始まっている。  時計が定時を知らせれば、ゲートを開けられた競走馬のようにロッカーに向かい、真っ直ぐに家に帰るだけだ。  それなのに、このタイミングで後輩から声をかけられるとは、嫌な予感しかしない。ましてこの後輩は、ハッキリ言って仕事ができない。

【短編小説】徒労の人 ~なぜ書くのか~ 第3話

   第3話  洞窟の天井に開いた穴から、銀色の月明りが差し込んでいる。  夥しい石筍は、巨大な怪物が闖入者に向かって牙をむき出しにしているようだ。月明かりが足元の水たまりに反射し、壁に不気味な影を貼りつける。  影は集まって大きな闇を作り、得体のしれないなにかを包み隠そうとする。男たちは言葉を失い、立ち尽くした。じめじめとした空気がひやりと肌を撫で、洞窟の入り口の仕掛けで仲間の一人の首と胴が離れた時の衝撃を生々しくよみがえらせる。  男たちは自然とひと固まりになり、