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【短編小説】望月のころ(全11話)+あとがき

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透、武、さくら、環は高校の同級生。卒業してから10年、武とさくらが結婚し子供が生まれてからも四人組は親しくしていたが……西行法師の詩から始まる、一途で切ない恋愛小説。
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#親友の彼女

【短編小説】望月のころ 第5話

   第5話  キッチンの明かりだけを灯した薄暗いリビングに、コーヒーメーカーの音が響く。窓の外は暗く、雨がしとしとと降り続けている。  眠れなかった。本を読もうとしても、映画を観ようとしても、なにも頭に入ってこない。  どうせかき消すことができないならと、コーヒーカップを手に、窓ガラスに貼りついた水滴を眺めていた。 「ありがとう。ホントに助かっちゃった」  そんな声が頭によみがえる。後部座席のシートで、さくらは僕に向かって両手を合わせた。 「電車の中でこの子が寝ちゃ

【短編小説】望月のころ 第7話

   第7話  チャイムを押し、一歩下がって待った。耳を澄ませていると、ドアの向こうでかすかに近づいてくる足音がする。魚眼レンズからこちらの様子を窺っている気配がしたが、ドアは開かない。  もう一度チャイムを押す。二度、三度。ドアから漏れ出てくる音が、ますます僕を苛立たせた。冷静になろうと努める一方で、こそこそ逃げまわる相手を許せない気持ちが沸き起こる。  ドアを叩いた。しかし応答はない。もう一度叩こうと振りかぶったところで、開錠の音がした。 「なによ、透。どうしたの

【短編小説】望月のころ 第8話

   第8話  短いメッセージがさくらから届いたのは、夜半のことだった。  返信しようと、何度も文字を入力しかけては消す。どんな言葉も、相応しいとは思えない。  もう一度彼女のメッセージを読み返した。 『こんなに反省している武を見るのは初めてで、驚いています。まだ複雑な気持ちだけど、操のためにも家族としてやり直さないとね。如月くんには迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ないです』  友としての親しみが込められている。けれどもそれはすなわち、僕と彼女との間に横たわるはっき

【短編小説】望月のころ 第11話(最終回)

   第11話  マンションのエントランスで、僕はポケットからハガキを取り出した。部屋番号を確認してからボタンを押す。 「はーい」  その声が、三十年という長い時間を一瞬で溶かした。僕が名乗ると、「どうぞ」という声と共にオートロックが開く。  エレベーターの中で、僕は背面の鏡に映る自分の姿に目をやった。  生え際にぽつぽつと白いものが混じる。特にサイドのあたりは多く、固まりになっていた。  輪郭がたるんでいるのがわかる。目頭から伸びる皺は頬を斜めに縦断しているし、心な