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【MTG】「宝球」と「宝珠」のあいだ~丸い世界と三角の階層性〜

こんにちは。
レガシーで白スタックスを擦り続けている者です。

と言いつつも、最近いろいろあってMTG熱が下がり続けており、少しMTGと向かい合う角度を変えてみるのもいいのではないかと思い至りました。

そこで今回は、構築や対戦の話ではなく、MTGのカード名を足がかりとした言葉のお話。
私はテクスト研究に身を置いているので、言葉に注目するのが大好きなのです。

とはいえ、専門は英語系ではないので、言語学的なアプローチというよりは、「テクストから読み取れるものを読み取る」文学的(テクスト論的)な視点で進めていきます。

こういう話に需要があるかはわかりませんが、或る一人のMTGおじの自由研究みたいなものだと優しい目で見ていただければ幸いです。

1.問いの始まり

MTGの世界には、非常に似たカード名や訳語があります。

その中で今回私が注目したのが、"Sphere"(宝球)"Orb"(宝珠)です。

私がレガシーで使っている白スタックスというデッキでは、《三なる宝球》がレギュラーメンバーであり、時には《抵抗の宝球》を使うこともあります。

また、かつては《冬の宝珠》を使って締め上げたり、《ハルマゲドン》に合わせて《Zuran Orb》(以下、《ズアーの宝珠》。ポリシーに反するが。)でライフを回復したりといったこともありました。
最近では強力なcip能力持ちも増え、《倦怠の宝珠》も常にサイド候補に挙がります。

これらのカードについて、同じような〈球〉状のイラストでありながら(あるいは〈球〉状とは呼びがたい代物でありながら)、どうして訳語が違うのか(あるいは同じなのか)。

ずっと頭の隅にありながら放っておかれていた疑問に、今こそ向き合ってみようと思いました。
夏休みですし。

2.研究対象

まずは、"Sphere"と"Orb"を冠するカードの一覧から見てみましょう。

2ー1."Sphere"一覧

・彩色の宝球/Chromatic Sphere
・統率者の宝球/Commander's Sphere
・Dark Sphere
・拘留の宝球/Detention Sphere
・ぎらつく宝球/Glistening Sphere
・Gravity Sphere
・記憶の宝球/Mnemonic Sphere
・Phantasmal Sphere
・防護の宝球/Protective Sphere
・Shield Sphere
・純潔の宝球/Sphere of Purity
・抵抗の宝球/Sphere of Resistance
・太陽の宝球/Sphere of the Suns
・三なる宝球/Trinisphere
・Vibrating Sphere
・森の宝球/Wooden Sphere
※《優雅の領域》《球層の拡大》のように訳語が「宝球」でないものと、《マイアの戦闘球》のような一連の単語の中に入っているものは除きました。
※上記一覧のうち、《防護の宝球/Protective Sphere》《純潔の宝球/Sphere of Purity》については「領域」と訳すべき可能性があります。また、《Gravity Sphere》についても「宝球」と訳されない可能性が高いのではないかと思います。

このうち、最初に登場した"Sphere"はα初出の《森の宝球/Wooden Sphere》です。

よ、弱い…

2ー2."Orb"一覧

・Chaos Orb
・分散する宝珠/Dispersing Orb
・催眠の宝珠/Mesmeric Orb
・精神固めの宝珠/Mindlock Orb
・夢の宝珠/Orb of Dreams
・護法の宝珠/Orbs of Warding
・静態の宝珠/Static Orb
・倦怠の宝珠/Torpor Orb
・冬の宝珠/Winter Orb
・魔女封じの宝珠/Witchbane Orb
・ズアーの宝珠/Zuran Orb
※《ナビゲーション・オーブ》のように、訳語が「宝珠」でないものと、《宝珠編みの蜘蛛》のような一連の単語の中に入っているものは除く。

このうち、最初に登場した"Orb"は、こちらもα初出の《冬の宝珠/Winter Orb》と《Chaos Orb》になります。

つ、強い…
(ビリビリビリ…パラパラパラ…

つまり、MTGでは最初から"Sphere"と"Orb"は明確に区別されて登場した(混用ではない)ということになります。
至って当然ではありますが。

3."Sphere"の中の区分

では、まず"Sphere"のカードに注目してみましょう。
ざっくり言うと、《森の宝球》《彩色の宝球》《記憶の宝球》のようなライフを得たりマナを生んだりドローしたりというアドバンテージ源タイプと、全ての呪文が+1マナになる《抵抗の宝球》や全ての軽い呪文が3マナになる《三なる宝球》のようなタイプと、2つのタイプに大別できるかと思います。

前者は如何にも〈宝〉らしい効果と言えるでしょう。

マナフィルターできてドローまでついてくる。まさに〈宝〉。

一方、後者は〈球〉という形状から着想を得て、等しく効果が及ぶデザインとなっています。

みんな大好き"三玉"

加えて、〈球〉は地球≒世界を表すため、自他双方に影響を与えます。
これは、《減衰球/Damping Sphere》などを見ると特にわかりやすいかと思います。

よって《ウルザの塔》は禁止となります。

つまり、前者はたまたま形状が〈球〉の〈宝〉であり、後者は〈球〉の中でも〈宝〉っぽいものにあたるといえます。

またも《減衰球/Damping Sphere》を例に取ると、これはフレーバーテキストによると「秘宝」とされていますが、〈宝〉としての役割(ライフ回復・マナ生成・ドロー等)は「何もしていない」となっています。
しかし一方で、明らかに〈球〉としての役割を果たしています。
例外なきマナ加速とスペル連打への牽制です。
よって、このフレーバーを加味し、名称も「宝球」ではなく「球」となっているのではないでしょうか。

蛇足ですが、《天球儀/Armillary Sphere》のように〈宝〉と呼ぶには大袈裟なありふれたものも、別の訳語があてられることになります。

直接マナを出せないなら、今日からお前の名前は「儀」だ!「儀」!!

4."Orb"の中の区分

次に、"Orb"のカードを見てみましょう。
そもそもみなさんは"Orb"と聞いてどんなものを思い浮かべるでしょうか。

私がすぐに思い浮かべたのは2つ。
ひとつは、私の愛するVivienne Westwoodのシンボルマーク。
もうひとつは、ドラゴンクエストⅥに登場した「真実のオーブ」。

NANA世代に激しく刺さる一手。

では、"Orb"とは何なのか、辞書的な意味と歴史的な展開から。

一般的に、"Orb"はただの球体ではなく、球≒地球≒世界の上に、十字架=キリストを置いたものを指します。
これはつまり、キリストの教義の下に世界がある、という〈支配〉を表すシンボルです。
実際にはキリスト教の発展以前から存在しており、十字架はなくとも、世界を模した〈球〉を支配者が手に持つなどし、やはり〈支配〉を端的に表していました。

"Orb"を手に持つ姿が描かれたアントニニアヌス硬貨(古代ローマ 283~285年頃)

余談として、当時はまだ天動説の時代ですが、地球が〈球〉であることは既に広く知られていました。
地動説が認められるまで地球は平らだと思われていた、というのは世界で最も広く誤解されていることのひとつだとか。
(私も『ドラえもん』の中でこの誤解を見て、高校までそれを信じていました。)

『ドラえもん』23巻「異説クラブメンバーズバッジ」より

話を元に戻すと、"Orb"の訳語である「宝珠」については、元々仏教語としてあったものが西洋版としても使用されるようになったものと考えられます。
仏教に馴染みが薄い方とっては、「宝珠」そのものよりも、橋の欄干などに置かれている「擬宝珠」のほうがわかりやすいかもしれません。
文字通り、「宝珠」を擬したものですね。

三条大橋の擬宝珠。擬宝珠檸檬のほうが有名だとか言ってはいけない。

まとめると、"Orb"にしろ「宝珠」にしろ、〈支配〉の色合いが少なからず含まれています。

ではカードに目を戻しましょう。
《冬の宝珠》は冬が、《ズアーの宝珠》はズアーが、《倦怠の宝珠》はファイレクシア由来の倦怠が、それぞれ世界を〈支配〉していることを表しています。
「宝珠」には、必ず〈支配者〉が必要なのです。

効果は世界全体(盤面全体)に及ぶものが多いものの、《ズアーの宝珠》や《魔女封じの宝珠》のように、やや趣が異なるものもあるので、もう少し種類を細かく分けてみましょう。

まず、〈支配者〉が明らかなものの中では、①《冬の宝珠》のように〈支配〉そのものを表すタイプと、②《ズアーの宝珠》のように〈教義〉を体現するタイプに分かれていると言えます。
②については、《ズアーの宝珠》のフレイバーテキストを見てみるとわかりやすいと思います。

天秤とズーランオーブの!! スーパーコンボだ!!

“I will go to any length to achieve my goal. Eternal life is worth any sacrifice.”
――Zur the Enchanter

目的達成のためとあれば、いかなる長き道のりも進もうぞ。いかなる犠牲を払おうと、永遠の生命こそ最も価値あるものなれ。
――結界師、ズアー

(ICE版《Zuran Orb》より引用。邦訳は稿者。)

また、①②のようにその名に冠したものによる〈支配〉を表すタイプ以外に、③《魔女封じの宝珠》のように〈支配者〉が明らかではないタイプがあります。
《魔女封じの宝珠》の効果から考えると、(魔女を忌避しているという〈教義〉も透けて見えますが、)これはプレイヤー自身が〈支配者〉となる形と言えるでしょう。

①のように「冬」や「倦怠」が〈支配者〉であれば、〈被支配者〉は両プレーヤーですし、③の《魔女封じの宝珠》や《護法の宝珠》のように、あなたが〈支配者〉であれば、〈被支配者〉である対戦相手に制限をかけることになります。
いずれにせよ、〈支配者〉が〈被支配者〉に制限をかけるという構図が共通点として見て取れ、〈支配者〉の立ち位置によって範囲が変わっていると考えていいでしょう。

5.「宝球」と「宝珠」を繋ぐもの

以上、「宝球」と「宝珠」の区別、及び、それぞれの中でのいくつかの区分ができましたが、反対にこれらの共通点は何でしょうか。
《抵抗の宝球》《三なる宝球》と《冬の宝珠》《静態の宝珠》とでは、訳語が違うのに、どうして置かれた時の苦しさは同じなのでしょうか。
その逆もまた然り。

《抵抗の宝球》のフレーバーテキストが、この問いに対するひとつのヒントになるかと思います。

珠は、あらゆる方向に同じ力を出すんだ。

EXO版《抵抗の宝球》より引用。

この「珠」については表記(訳語)の揺れかとも疑われますが、本来は真珠のように球体の〈宝〉を指すため一旦は目を瞑るとして、ここでは〈球〉という形状が持つ〈平等性〉や〈循環性〉をキーワードとして取り上げたいと思います。

まず、先述のとおり〈球〉も〈珠〉も球体のため、力の発信源と見做される中心部から対象までの距離は等しく、力は〈平等〉に作用します。
例外や偏りは許されません。

ですから、この〈平等性〉の観点で考えれば、「宝球」や「宝珠」の効果は「相手だけ」とはなりません。
近頃は対戦相手だけに制限をかける人の心を持たないようなカードデザインも増えていますが、「宝球」や「宝珠」に関していえば、今後も製作側のスタンスが一変しない限りは〈平等〉な効果になる可能性が高そうです。

お前のことやぞ。

次に、〈循環性〉というのは、《ズアーの宝珠》《分散する宝珠》《催眠の宝珠》のように、ある行動に対して何度も同じことが再現されるという意味です。
これも、どの方向に進んでも元の位置に戻ってくる〈球〉の特性が表れています。
「宝球」のほうでも、《森の宝球》のように何度でも繰り返されるものは、この特性を引き継いでいるといえるでしょう。

6.比較検討のまとめ

長々と同じようなことを書いてきましたが、まとめると以下のようになります。

  1. 「宝球」は、➊:〈宝〉の特性を持つカードと、➋:〈球〉の特性を持つカードに分かれる。

  2. 「宝珠」は、①:〈支配〉の特性を持つカードと、②:〈教義〉の特性を持つカードに分かれる。

  3. 「宝珠」はさらに、①②:ある〈支配者〉の存在が示されているカードと、③:プレイヤーが〈支配者〉になるカードにも分かれる。

  4. 「宝球」のうち、➊-2:〈宝〉の特性を持つカードのうちのごく一部➋:〈球〉の特性を持つカード、及び①~③の各種「宝珠」は、〈球〉の特性としての〈平等性〉と〈循環性〉が共通している。(※ここに当てはまらなかった「宝球」を➊-1とする。)

イメージ図

なお、「宝珠」と同じくレガリア(権威の象徴)である「王笏」のカードにも目を向けると、繰り返し効果が起動できることで統治の〈継続性〉(≒〈循環性〉)を表すものは多いものの、〈球〉ではないためか〈平等性〉という特性は見受けられません。
(なお、同じくレガリアのひとつである「王冠」は数が余りに少ないため今回は無視します。え、王冠泥棒?

7.新しい世界へ

最後に、今回この「宝球」と「宝珠」の比較を通して私なりに考えたことを述べて、本稿を締めたいと思います。

今回のテーマを思いついた背景として、「うちのデッキ(白スタックス)ってなかなか強化パーツもらえないな…」と感じていたことが挙げられます。
問いというのは、いつもあまりに素朴で、そして無邪気に顔を出すものです。

第一、最近「宝球」も「宝珠」も少なすぎると思いませんか。
久しぶりに「宝球」を見られたかと思えば、全然スタックスと関係ないカード(=➊-1にあたるカード)だったり。

大した秘密隠されてねえじゃねーか。

それもそのはず、スタックスはMTG界随一の嫌われ者。
特に、本場アメリカでは最近はMTGといえばもっぱら統率者戦であり、公式も完全にその層に向けて製品をデザインしている感があります。
そんな統率者戦コミュニティーの"むかつく"カードランキングでは、常にスタックス系のカードが上位を占めています。

私は統率者戦を全くプレイしませんが、同フォーマットは基本的にやりたいことをして、みんなで楽しむことが優先されているように見受けられます。
そんな中で、対戦相手たちのやりたいことに〈平等〉に(また時に〈不平等〉に)干渉するカードが受け容れられないのは当然かもしれません。

こうした時流に対して諦念を抱きつつあった私の目に、1枚のカードが留まりました。
それが、最も新しくMTGに登場した「宝球」である《ぎらつく宝球》です。

ぎらつく宝球  (3)
アーティファクト
ぎらつく宝球はタップ状態で戦場に出る。
ぎらつく宝球が戦場に出たとき、増殖を行う。
(T):好きな色1色のマナ1点を加える。
堕落 ――(T):好きな色1色のマナ3点を加える。対戦相手1人が3個以上の毒カウンターを持っていなければ起動できない。

〈宝〉の特性であるマナ生成能力を持ち、また、ファイレクシア由来らしくその能力は相手の汚染状態如何で増大します。
特に、堕落達成時の手前勝手さは、一見すると分類上の➊-1のカードのように思われます。

が、私が注目したのは次に書かれたキーワード処理「増殖を行う」でした。
この「増殖を行う」は、自分か対戦相手か、自分のパーマネントだろうが対戦相手のパーマネントだろうが関係なく、〈平等〉にカウンターを増やすことができるという非常に珍しいものです。

まさに〈球〉らしい〈平等性〉を表現できるチョイスであり、このカードデザインを発見して、冷静さを取り戻すとともに、情熱が蘇ってくるのを感じたのでした。

そして改めて、これまでに登場したキーワード処理・キーワード能力・能力語を眺めてみました。
すると、数は少ないものの、以下のようなものも「宝球」や「宝珠」の〈平等性〉を表すのに使えるかもしれないと発見しました。
さらに、それらは今の主流である統率者戦をつまらなくするような類のものではなく、むしろ「議決」のように多人数戦を前提として作られているものも多かったです。

  • キーワード処理
    激突を行う/投票を行う

  • キーワード能力
    日暮/夜明

  • 能力語
    同調/誘引/議決/協議/動議/秘密会議

MTGの歴史は長く、様々なフォーマットで、様々な層のプレーヤーたちが楽しんでいます。
その中には、やりたいことをやることが好きなプレーヤーたちがたくさんいます。
と同時に、やりたいことをやらせたくないプレーヤー、やりたくないことをやらせたいプレーヤーもいます。

言うまでもなく、私は後者です。
圧倒的に。

少数派であることは自覚しつつ、様々な遊び方・スタンス・哲学・宗派が認められているのも、またこのゲームの魅力ではないかとも思います。
長年培われてきたそうした多様性こそが、受け皿としてのコンテンツに深さを与えているように感じるのです。

そうであれば、まだ見ぬ「宝球」や「宝珠」にも期待せざるを得ません。
苦しいことばかりのこの世界で、それを模った〈球〉の下で、共に苦しむのもオツではありませんか。

一説では、誰も端っこで泣かないようにと、誰かが世界を丸くしたのだとか。

(了)

〔附記〕アントニニアヌス硬貨と三条大橋の擬宝珠の画像は、Wikipediaから引用しました。