洲之内コレクションに囲まれたい
(河北新報2024/3/28『微風旋風』掲載のディレクターズカット版)
東北工業大学一番町ロビー(青葉区)の前を歩いていると、視界に海老原喜之助の絵画『ポワソニエール』が映り、思わず「えっ!」と声を発し、駆け寄った。休館中の宮城県美術館が誇る「洲之内コレクション」の中でも特に有名な作品のひとつだ。よく見ると、高精細レプリカの展示だという。
他にも、人気の高い長谷川潾二郎の『猫』のレプリカなども展示されていて、私は現在休館中の美術館の大好きな作品たちに思いを巡らせた。
洲之内徹は稀代の蒐集家であり、随筆家であり、画商であった。まだ誰も知
らない画家を研ぎ澄まされた審美眼で発掘し、世に送り出した人だ。彼の審美眼と文章は、白洲正子や小林秀雄に激賞された。そして、氏が最後まで手元に置いていた最も大切な作品146点は、「洲之内コレクション」として、すべて宮城県美術館に収蔵されている。私は、このコレクションがここにあるだけで、宮城県に住んでいる甲斐があると思っている。
なぜ洲之内とは縁もゆかりもない宮城県が、と思い、いくらか調べてみたところ、実際、特にエピソードと言えるような事実もなにもないことが分かった。洲之内徹が亡くなった折、遺族がコレクションを散逸させずに「纏めて収蔵」してくれるところを探していたらしく、様々な好条件が重なって宮城県が購入できた、それだけだそうだ。なんという幸運であろうか。
休館前は常設展の一角にいつも数十点のコレクションが展示してあり、年4回の展示替えを楽しみにしていた。私は特に、古茂田公雄の『正安寺狸』がお気に入りである。2匹の狸と枯れ葉。狸たちは、なんだかお腹が空いているような、ちょっと情けない表情をしていて、つい「久しぶりだね、狸くんたち」と話しかけたくなる。また、長谷川潾二郎の『バラ』を見ると、いつか怪盗となって我が物にしたいなあ、と思い、いつも日記に「今日は潾二郎の『バラ』が出ていた。欲しいねぇ」などと書いたりしている。
美術館があの場所に留まることになって、心からほっとしている。アリスの庭(中庭)を春先に散歩して、うぐいすの囀りに耳を傾けたりするのはなんとも心地よい。曇り空の午後、静謐な時が流れる佐藤忠良記念館でゆっくり過ごすのも好きだ。
同じ場所でよみがえった宮城県美術館で、ふたたび洲之内コレクションに囲まれる日が待ち遠しい。
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