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【古代民族史】天皇の別称スメラミコトとスメラギは何語なのか〜古書から日本の歴史を学ぶ〜

※この文章はYouTubeで無料で視聴できます。

こんにちは、今回はスメラミコト、スメラギ、アキツカミ、ニニギ、ホホデミ、の語源についてお話しさせて頂きます。

天皇のことをスメラミコトやスメラギ、アキツカミなどと呼びます。

現代にはあまり馴染みのない呼称ですが、戦前の一般国民にとっては常識的な知識でした。戦後、日本史という科目が誕生しますが、それより前にあった国史という学問において古代史を学んでいた為です。

スメラミコトの語源についてはスメルを統べるという意味に解して、統治する者、と解釈する方が多くいらっしゃいます。

その可能性も十分にあると思いますが江戸時代の国学者本居宣長はこの説をはっきり否定しています。

南部アラブの古語であるセミチック・バビロニア語ではスム=神の意味であり、スムとスメは同語です。

古代バビロニアのシュメールがシュメルとなりスメルとなった、という説は聞いた事がある方も多いと思います。

日本人の一部民族がシュメールを起源にするという説は昔からよくある説ですが、これを熱心に研究した人物に三島敦雄という人物がいます。

彼は愛媛県大山祇神社の79代目宮司さんで、戦前「スメル学会」という団体を立ち上げます。この団体は日本人シュメール起源説を信奉した人々の集まりで、学会と名乗るものの学者の研究団体の組織ではなく、三島氏の研究とそれを支持する人々の集まりでした。

三島氏は昭和2年「天孫人種六千年史の研究」という600ページ近くの大著をスメル学会から出版します。

戦時中にこのようなタイトルの書物は、不敬罪に値すると思いきや発禁や焚書されることもなく、当時皇国史観一辺倒だった陸軍士官学校で副教材に指定されたと言われています。これはスメル学会を支持する人の中に東大教授で陸軍にも大きな影響力を持っていた筧克彦の存在があったからだと言われています。

※戦後はもちろんGHQによって焚書されます。

ここからは三島氏が「天孫人種六千年史の研究」などで発表した

スメラギ、アキツカミ、ニニギ、ホホデミ、の語源について簡単にご紹介させて頂きます。

スメラミコトについて三島氏はスメラとスメルは同語でラとルは付属語の助詞の変化だとしています。

ミコトはセミチックバビロニア語のミグト(Migut)が語源であり

「天降るもの」という意味です。時代がたつにつれて単なる敬語として天皇、神、その他に付け加えて用いられるようになったと言います。

天皇の古称スメラギは、スメとアグの復称で火の神の名号とされます。

次にアキツという言葉の語源は古代シュメール語のアグが転化しアキになったとされます。アグは火の神の意味でアグツ神からアキツ神になります、「ツ」は助詞の「の」と同じ意味です。日本の地名のアク・アゴ・アキ・アギ・カグなどの地名は火の神にもとづく場所が多いです。

皇族の先祖には彦火や火火出見、火遠理(ほおり)などの火の神の名がつく神々が少なくありません。7世紀頃まではアグ=火の神ということがまだ知られていましたが、

記紀の作成時にはこのことが忘れられ、アキツにこのような漢字を当てるようになったと云います。《明津神》《現神》

ちなみに日本の古称の秋津島や速秋津姫などのアキツの語源はアキヒだと言われています。言語学でいう「同音衝突」というもので発生的にはそれぞれ異なったものだと考えられています。

天照大神の皇孫であるニニギノ尊のニニギは

日神ニンギルス神官の称号だと三島氏は解釈しています。

ニン(Nin)は「主」の意味でギルス(Girsu)は紀元前約2500年ごろのシュメール都市の地名です。ニニギのニニがニン、ギがギルスの略だとしています。

三島氏の著書には、日本民族をシュメール系の単一民族としているわけではなく日本原始民族を構成する各種族について大きく4つに分けています。

そのうちの一つ天孫人種がシュメール系だと発表しています。

これらはたくさんある学説のうちの1つになります、さらに詳しく知りたい方は参考書籍も読んでみて下さい。

最後まで読んで頂きありがとうございました。


参考資料

三島敦雄著書「天孫人種六千年史の研究」

佐治芳彦著書「謎のシルクロード」

鹿島昇著書「日本ユダヤ王朝の謎」

吉田大洋著書「謎の出雲王朝」



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