鎮魂

2019/3/11

今日は、東日本大震災から8年目の日です。

供養する、慰霊する、などさまざまな言い表し方がありますが、私にとってはこの「鎮魂」という言葉が大切です。

「鎮魂」という言葉には、魂の存在を信じる気持ちが込められているように思えるからです。「鎮魂」とは、文字通り、人には魂があり、おとむらいによってそれを鎮めるということを意味しているのではないでしょうか。

震災で、突然命を奪われた方々の魂は、やはり傷ついているのではないかなと思います。また、遺された人々の魂も、傷つき、荒れ果ててしまっていたことでしょう。8年という歳月が、ときぐすりとなって尋常ではない喪失を癒したのかは未知数ですが、どうか風に吹かれた頬に春を感じるように、心の回復を感じられることを願ってやみません。

ニュースによると、復興住宅建設も、土地のかさ上げなど整備も、90%以上達成されたとのこと。震災遺構も、取り壊されたり、あるいは保存されたりとそれぞれの場所が独自の道のりを歩んできているように思えます。とは言え、巨大な喪失体験をされた方々の心の復興、もっと言えば魂の復興がなされていくことを祈念するばかりです。自分にできることはないか。

大きな喪失を経験した方たちがとくに北の地方にいるということに思いをはせると、私の経験した喪失もまた、自然の雄大な流れに沿ったもののように思えてくるから不思議です。日常の中に「鎮魂」の祈りが涌き上がってくるこの日、私も部屋の片隅にろうそくを灯してみました。そっと祈る。

静かに合掌。


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