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夏休み明け

「おい、木下」
「あ、センセー」
「おまえの『先生』は馬鹿にしてるようにしか聞こえんな」
「あら、厭だわぁ、誤解ですよ〜ん。尊敬しておりますともぉ」
「しなだれ掛かるな。宿場女郎か」
「男に向かって女郎たぁ聞き捨てならねえ。何を吐かしやがるんでえ、この下郎めが」
「江戸言葉で教師に突っ込むな、歌舞伎役者か。こんな言葉が中学生に通じるのが怖いわ。おまえは暗いのか明るいのか判らん奴だな」
「暗くはないですよ」
「どこがだよ。授業じゃ手も挙げないし、親しくない相手には碌に口も利かないだろ」
「そんなの普通じゃないですか」
「全然普通じゃない。差がありすぎる」
「落差の美学です」
「何が美学だ、あほう。生っ白い肌して、病人みたいだぞ」
「日焼けしないんです」
「色が白いもんなあ。赤くなるだけか」
「ええ、茹で蛸のように」
「日焼け止め塗れ」
「やですよ」
「夏休み、何処にも行かなかったのか」
「特に何処へも行きませんでした」
「淋しい奴だな」
「本屋は行きましたよ、課題図書買いに」
「木下はいつでも本屋に入り浸ってるだろ。外で遊べよ、中学生なら」
「糞暑くて、おんもで遊ぶ気になれないのです、けに」
「何がおんもだ。語尾の『けに』は何処の方言だ。夏なんだからプールとか行けよ、海だって近いんだし。運動神経いいのに、スポーツが嫌いみたいだな、木下は」
「嫌いじゃないですよ」
「音楽部なんかに所属してるじゃないか」
「なんかて。楽器を演奏するのが好きなんですよぅ」
「口を尖らすな、ガキか」
「子供だもん」
「ほんとにな。小学校に戻ったらどうだ」
「戻りたいです」
「なんだ。部活、楽しくないのか」
「ちょっとバンドで揉めてて」
「何かあったのか」
「んー。ドラムの奴が下手糞なもんで、おれが代わりにやることになったらぎくしゃくしてんですよね」
「しょうがないなあ。部活のバンドなんだからそんなに巧くなくてもいいだろ。元に戻せばいいじゃないか」
「おれもリーダーにそう云ったんだけど、なんか拘りがあるらしくて」
「木下がリーダーじゃなかったのか」
「違いますよ」
「曲作ったりしてるの、おまえなんだろ」
「オリジナルは少ないですよ、アレンジしてるだけで」
「他の奴らは演奏してるだけだろ。だったら、実質的にバンドを牽引してるのはおまえじゃないか」
「そんなことは関係ないです」
「よく判らないけど、たかだか中学生の部活動だろ。上手い下手より、人間関係を形成する為にやることなんだぞ」
「それは判ってますよ」
「判ってんのか」
「当たり前でしょう。中学生の部活動のバンドなんて、音楽の混成コーラスと変わらないですよ」
「それは違うと思うぞ」
「違わないですよ。学校の裡の、子供のお遊戯じゃないですか」
「いや、そこまで云ったら身も蓋もないだろうが」
「ないんですよ。中学生ですよ、ちゅーがくせい。ロックもパンクも、ありゃしませんがな」
「まあな」
「大人になりたいとは思いませんけど、クソ餓鬼の状態に甘んじているのもしんどいです」
「判るよ」
「判るんですか。判るんですかねえ」
「一応、判るんだよ。おれだって、昔は子供だったんだ」
「子供……。子供なんですよね。それが歯痒いです」
「それを聞くと、こっちがむず痒い」
「でしょうね」
「その判りの良さはなんなんだ」
「心は爺いなんですわ」
「中学生らしくしろ」
「無理でんがな」
「無理そうだな」
「判るんですか」
「多少は」
「袖振り合うも……」
「それは字が違う」
「知っちょりますがな」
「おまえって奴は……」
「責めるのはじーちゃんに……」
「爺さんが何をした」
「かなりの影響を」
「関係ねえ」
「態とらしい東京語を」
「ほっとけ」
「はあ」
「去年の文化祭には出なかったな」
「夏休みの中頃にやりだしたんで、レパートリーもあんまりないし、技術もなかったんです」
「それから上達したのか?」
「その頃よりは」
「拙くても、一生懸命やれば聴き手に気持ちは通じるよ」
「そうですね。特にロックはクラシックみたいに技術が優れていればいいってもんじゃないですから」
「そうだな。やたらと上手く唄う歌手はださく感じるもんな」
「センセー、判ってるじゃないですか」
「おれだって昔はそういうのを聴いてたよ」
「どんなのが好きだったんですか」
「ビートルズとかローリングストーンズとか」
「どっちが好きでした?」
「ストーンズの方が好きだったな」
「同志ぃ~」
「抱きつくな」
「センセーの世代だと、ビートルズが好きなひとが多いから」
「まあ、ビートルズは社会現象だったからな」
「来日した時、コンサートで失神するひとが居たくらいですからね」
「好景気に浮かれて、みんな馬鹿だったんだよ」
「今は平和すぎてもっと馬鹿ですよ」
「そうだけど、子供はその裡に居たっていいんだよ。木下はシラケすぎだぞ」
「うぉー」
「そんなことしても寒いだけだよ」
「センセー、冷たすぎますぅ」
「寄るな」
「ドライアイス並ですね」
「おれは男子生徒に懐かれて喜ぶタイプじゃないんだよ」
「基本、セクハラ主義」
「馬鹿野郎」
「教科書の角って痛いわ」
「痛くしてないよ」
「敏感なんです」
「将来役に立つよ」
「頭に性感帯があるんですか」
「子供がなに云ってんだ」
「未経験ですよ」
「当たり前だ、まだ十三才だろうが」
「恥ずかしながら」
「女子は眺めるだけにしろ」
「美人が少ないですよね、うちのクラス」
「そういうことを云うなよ」
「センセーも不作だと思ってるんですね」
「思ってない」
「態度で判りますよ、萩原にだけ優しい」
「観察するな」
「面喰い」
「男はみんな、そうなんだよ」
「法に触れることをしないで下さいよ」
「しないって」
「犯罪者に教えられたとあっちゃあ、経歴に瑕がつきますから」
「こっちを心配しないのかよ」
「面会には行きましょう」
「生々しい話になってきたな。それはそうと、部活で揉めてるのはどうなんだ」
「そのうち収まりますよ」
「ドラムやってた奴が面白くなくてごねてるんだろ、誰だ」
「教えません」
「なんでだよ」
「チクるみたいでやです」
「注意したりしないよ」
「それでも云いません」
「顧問に訊けば判るけどな」
「余計なことはしないで下さい」
「判った、しないよ。元ドラムに意地悪されてるのか」
「そんなことはしないですよ、女子じゃないんですから。ただ、向こうも面白くないだろうし……」
「おまえはギターだったよな。ドラムも出来たのか」
「叩いたことはなかったんですけど、やってみたら出来ちゃって」
「はあ、それが余計ムカつくんだな」
「ムカつかれてもなあ」
「手加減すればよかったんだよ」
「その時はおれもムカついてたんです」
「そいつが下手だからか」
「違いますよ。おまえに出来る訳ないって感じだったんで、なんか腹が立ったんです」
「おまえ、イラチだもんなあ」
「イラチ……。面白い云い方しますね」
「先生の地元では云うんだよ」
「何処ですか」
「大阪」
「全然関西弁じゃないですよね」
「まあな」
「喋ってみて下さいよ」
「なに頼んどんねん、ワレ。屋上からほりだしたろかい」
「こわー」
「だから大阪弁、使わないんだよ」
「親しみやすくていいと思いますけどね」
「木下も少し訛ってるよな」
「そうですか」
「イントネーションとかな」
「母が岐阜の出なんです」
「ああ、そうか。でも岐阜や名古屋は関西弁とは違うな。三重は近いけど」
「よく判んないですね」
「おまえ、アホだからなあ」
「ひどいわー」
「先刻みたいにわざとらしい関西弁で突っ込めよ」
「原住民にはちょっと」
「なんだよ、その原住民って」
「原人?」
「よけ悪いわ」

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