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あそびのじかん

「……うん? どうかした」
「寝顔が可愛いから見てた」
「……あ、そう」
「襲っちゃおうかと思った」
「やめて……」
「三十には見えない」
「おじさん、おじさんって云う癖に」
「年齢的にはおじさんじゃない」
「まあ、そうだけど、影郎だってあと三年経てばこの年になるよ」
「そうだね、なんか実感沸かないけど」
「慥かにね。二十七にだって見えないのに」
「年相応には見られたいよ」
「女のひとだったら、全財産と引き換えにしてでも自分と交換して慾しいと思うよ、きっと。帰ってからずっと起きてたの?」
「うん」
「ちゃんと寝なきゃ駄目だって云ってるじゃない。今、寝なさい」
「はいはい。失礼します」
「朝ご飯の支度はしたの?」
「した。掃除はまだだけど、洗濯もしたよ」
「まめだねえ。よく徹夜してそれだけのことをやる体力があるね」
「体力は関係ないよ。紘君は本当に寝つきがいいね。帰って来てベッドに入ったかと思ったら、すぐに寝息立ててる。もしかして、半分寝ながら車運転してるの?」
「そんな恐いことする訳ないじゃない、ちゃんと起きてるよ。布団に入るとスイッチ切ったみたいに眠くなるんだよ」
「のび太みたい」
「ドラえもんの?」
「ドラえもん、知ってるんだ」
「木下君に勧められて読んだ」
「おれもそう。本読まないなら漫画読めって、『釣りキチ三平』とか『ゲゲゲの鬼太郎』を勧められた」
「ああ、『ゲゲゲの鬼太郎』はぼくも勧められたけど、時間がなくて読めなかったな。面白いの?」
「面白かったよ。妖怪の男の子が妖怪退治する話」
「はあ、同族同士で戦うのか」
「なんか戦うって感じじゃなくて、呑気なもんなんだけどね」
「まあ、木下君が勧めるのはそんな感じのだろうね。彼、飄々としてるから」
「仙人みたいだもん」
「あはは、仙人か。慥かにそうだね」
「ちゃんとやることやってるのかな」
「やることって?」
「セックス」
「朝っぱらから、もう」
「紘君も淡白そう」
「ほっといて」
「女の子は満足させてあげないと駄目だよ」
「慾求不満にしたことはないと思う」
「相手に訊いたの?」
「そんなこと訊く訳ないじゃない」
「訊かなきゃ」
「普通、訊かないよ。相手も云いたくないだろうし」
「おれ、ああしてこうしてってよく云われたよ」
「ああ、そう。……で、その通りにしたの」
「出来る限り」
「どこまでのことをしたのかは云わなくていいからね」
「手取り足取り教えてあげるのに」
「いりません」
「遠慮しなくてもいいじゃん」
「遠慮してる訳じゃない。教えてもらうにしても、男からは厭だ」
「女じゃ的確なことは教えられないよ」
「もー、いいって。そんなことばっか考えてると脳味噌が腐るよ」
「既に腐ってるから大丈夫」
「減らず口ばっか叩いて。寝てないから頭がどうかなってるんじゃないの?」
「常にどうにかなってるみたいだよ」
「なんでもいいから、目を瞑って眠る努力をしなさい。羊でも数えて」
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……。羊は白でいいの?」
「普通、白いんじゃないかな」
「黒いのが居るのは山羊か。顔だけ黒いの居なかったっけ」
「じゃあ、それも混ぜて」
「判った。その場合は別々に数えるの?」
「好きにしなさい」

 ………………。

「あ、やっと起きてきた。羊数えて眠るなんて、子供みたいだね」
「羊が満員になったから、紘君の心音数えてたら眠くなった」
「ああ、赤ちゃんはお母さんの心臓の音聴かせると眠るらしいからね」
「そうなんだ」
「うん。抱っこする時、頭を左側にするといいんだって」
「赤ちゃん抱っこしたことあるの」
「従姉妹の子供を抱いたことはあるけど、意外と重くて吃驚したな」
「三キロくらいあるからね」
「幼稚園児くらいの子供を平気で抱き上げてるけど、お母さんは力持ちなんだね」
「荷物も重いしね。お襁褓にウエットティッシュに哺乳瓶に玩具に」
「センターにも子供づれのひとが来るけど、託児所みたいなのがあった方がいいような気がするんだよね」
「場所がないじゃない。そんなスタッフも居ないし」
「まあ、そうだけど、長居するひとが結構多いから」
「手が空いてるひとが見ればいいのかな。リョウ君、子供好きだし」
「時々、相手してあげてるよ」
「子供の友達がたくさん居るんだよね、アパートの近所に。休みの日に会いに行くと、たいてい表の駐輪場のとこで遊んでやってる」
「何して?」
「ビー玉とかメンコとか独楽廻しとか」
「今時の子供がそんなもので喜ぶのかな」
「やったことがないから新鮮なんじゃない?」
「なんかむきになってやりそうだな」
「そうなんだよねえ。子供相手に本気になってる」
「木下君らしいなあ」
「紘君は子供、好きなの?」
「嫌いじゃないよ、兄弟が慾しかったくらいだから」
「左人志も子供好きだな。よく遊んでくれた」
「面倒見がいいもんね。ぼくも左人志さんみたいなお兄さんが慾しかったな」
「あげようか」
「物じゃないんだから」
「たぶん左人志も、おれよりは紘君の方がいいと思うよ」
「そんなことないよ、馬鹿な子ほど可愛いって云うじゃない」
「馬鹿って」
「あ……」
「あ、って、自分で云っといて」
「えっと、その、頭が悪いって意味じゃないよ」
「云い訳しなくていいから」
「頭は撫でなくていい」
「なんか失敗した子供みたいな顔してたから」
「そんな顔してた?」
「うん、可愛いかった」
「可愛いって云われたことはあんまりないなあ」
「子供の時も?」
「おとなしいとか、いい子だねとは云われたけど、容姿に関して何か云われたことはなかったよ」
「恰好いいのに」
「それはありがとう、何か慾しいの?」
「慾しいものはないけど、うーん……。買い物に行きたい」
「何処に」
「スーパー」
「そこだけでいいの?」
「うん」

 ………………。

「紘君の玩具は車になるのかな」
「そうかも知れない。運転するの愉しいからね」
「車でやるのが好きとか」
「しない。なんだよ、今日は。発情してるの?」
「そんなことないけど、その真面目な顔を見ると、どうやるのかなあって」
「想像を逞しくしないように」
「想像がつかないから安心して」
「で、何が慾しいの?」
「パテを買おうと思って」
「パテ? だったらホームセンターがいいんじゃないかな」
「そのパテじゃない。食べる方」
「ああ、そっちか。自分で作れるんじゃないの?」
「作れるけど、味の参考にしたいから」
「はあ、相変わらず勉強熱心だね」
「そういう訳じゃないけど、自分の好きに作ってたら同じような味になっちゃうじゃん」
「何作っても美味しいけどね」
「それはどうも。パテ買うから、バゲットとワイン買おう」
「あ、いいね。スーパーにパン屋が出来たから、彼処で買おうか」
「オーブンがあるからうちで焼いた方がいいんだけど、なかなかパンまで作れなくてねえ」
「売ってるものは買えばいいよ」
「左人志もよくそう云ってた。保存食が溢れまくって、いい加減にしろって」
「うちにもたくさんあるからねえ。まあ、あれが酒のつまみになったりしていいんだけど」
「お弁当にも使えるのに、紘君持って行かないから」
「お弁当はねえ……」
「なんで厭なの?」
「厭じゃないけど、いきなり持ってって、これはどうしたのかって訊かれたら困るし」
「買ったって云えば?」
「売ってるものに見えるように出来るの」
「出来るよ。使い捨ての容器に入れれば済むことじゃん」
「ああ、そうか」
「明日から持ってく?」
「じゃあ、作ってもらおうかな」
「かしこまりました」

 ………………。

「結構種類があるんだね」
「やっぱりフランス製が多いな。値段もピンからキリまである」
「高いのはフォアグラだね」
「そのうち作られなくなるみたいだけど」
「なんで」
「だってほら、鵞鳥に無理矢理餌を流し込んで肝臓肥大にさせるじゃない。動物保護団体が反対してるんだよ」
「そうか。必要なものじゃないからね。それにしても病気の内臓を食べるなんて、よく考えついたね」
「野生の動物は肝硬変なんかにならなかったと思うから、家畜だったんだろうけど、ホースで餌流し込むなんてよくやるよね。破裂することもあるらしいよ」
「嘘、ほんとに?」
「うん。どんな状態になるんだろうね」
「考えたくないなあ」
「兎のリエットか、美味しいのかな。猪は臭そうだしなあ。無難なところで鮭と白身魚かな」
「ロブスターなんかもいいんじゃない?」
「ああ、そんなに高くないからいいね」
「ワインは白かな」
「そうだね、これならビールでもいけるような気がするけど」
「ビールね。輸入ビールがいっぱいある」
「左人志はギネスが好きだった」
「へえ、泡がもの凄くきめ細かいんだよね。なんでか知らないけど、開けると必ず吹き出す」
「そうそう。あれ、なんでだろうね」
「ねえ。あ、コロナがいいな」
「瓶のデザインがいいよね」
「これにライム入れると美味しい」
「じゃあ、これにしようか」
「パン屋は花屋の隣だったかな」
「……珍しく総菜パンが多い」
「たいてい甘い系のパンばっかだもんね。だからあんまりパン屋には行かないんだけど」
「女のひとはよく買ってくけどね。紘君、甘いものあんまり食べないね」
「うーん、どっちかって云うと好んで食べる方じゃないな」
「呑んべえだからね」
「それほど呑まないよ」
「毎晩呑んでるじゃない。時々、寝酒まで」
「食事の時は、もう習慣になってるからなあ。寝酒はリラックスしたい時にね」
「緊張してるの?」
「そうじゃないけど、疲れてる時は呑みたくなるな」
「外で飲んでこないね」
「車で通勤してるから」
「呑もうと思った時は電車で行けば?」
「朝から晩酌のことなんか考えないよ」
「真面目だねえ」
「節度はあるよ」
「バゲット二本買って、明日サンドウィッチにしようか。それ持って行けばいいじゃない」
「ああ、そうだね。なんかそれらしいものに入れて貰えれば」
「彼女の手づくりだとか云えばいいんじゃないの」
「まあそうなんだけど、嘘つくの下手だから」
「はっきり男と同棲してるって云えば?」
「同棲って……」
「そうでしょ」
「そうだけど、同棲って云うと生々しいというか……」
「生々しくしますか」
「しなくていい」
「でも、男と一緒に暮らしてるからってゲイじゃないんだから、気にすることないじゃん」
「まあ、そうなんだけど、勘ぐられるのは厭だからね」
「ああ、このひとはカマ掘る方なのか、掘られる方なのか、って想像されるのが厭なんだ」
「やめてよ、そういうこと云うの」
「紘君はたぶん、ネコじゃないだろうね」
「もういい。聞きたくない」
「ちょっと、置いてかないでよ」

 …………………。

「なんかパーティーみたい」
「蝋燭でも垂らす?」
「点す、でしょ」
「間違えた」
「もう、本当に今日はおかしいよ」
「慾求不満なのかな」
「何処かで発散してきなよ」
「相手が居ない」
「それがいけないんだって、彼女を作りなさい」
「紘君だって居ないじゃない」
「ぼくは彼女が居なくたってそんなこと云わない。だいたい、影郎は下ネタ云いすぎだよ」
「会話の潤滑油ですから」
「ほどほどにして」
「お堅いひと」
「なんとでも云ってなさい」
「この鮭のやつ、匂いはシーチキンみたいだったけど、味はさすがに違う。檸檬って書いてあるけど、そんなに味しないな。ハーブが結構効いてる」
「ロブスターも美味しい。こういうのはどうやって作るの?」
「材料を茹でるか蒸すかして、調味料と一緒にフードプロセッサーでペースト状にするだけ。瓶に詰めてから湯煎にすることもあるけど」
「ふーん。そんなに難しいことをする訳じゃないんだ」
「そうだよ、誰でも出来る」
「その割には高いな」
「市販の保存食は高いよ。それに売ってるのは添加物がいっぱい入ってて良くない。これは自然素材のものだけで作られてるからいいけど」
「影郎はそういうこと気にするよね。左人志さんにもそんなこと云ってたし」
「売ってるのって塩分過多だし、漬け物なんか味の素使ってるのばっかで体に悪いよ」
「はあ、そうなんだ。慥かに売ってるのはみんな味が濃いな」
「裏に書いてある材料見るとぞっとするよ。こんなもの食べていいのかなって思う」
「じゃあ、ぼくは相当体に悪いものを食べてたんだ」
「今、リセットしてるからいいんじゃない?」
「ありがとうございます」
「どういたまして」
「いたしまして」

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