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人物裏話——亮二と影郎篇。

 影郎がナナシのライブをはじめて観たのは十八才の時だった。好んで聴くのはフォークやポップ・ソングだったが、ライブハウスへはよく行っていたので、ナナシの曲も抵抗なく聴けた。
 が、音楽が気に入った訳ではなく、亮二の言動に興味を持った。で、ステージが終わり、暫くして彼が後ろのカウンターの奥から出てきた際に声を掛けたのである。

「ライブ、良かったですよ」
「あ、ほんと。ありがとう」
「煩瑣いけど、矢鱈と暗いんですね」
「んー。おれ、暗いから」
「そうは見えなかったですよ、なんかぶつぶつ云ってるし」
「なんか云ってたか?」
「痒いとか、うるせえとか」
「そうだっけか。……君、幾つなの」
「十八です」
「へえ、ひとつ違いか」
「十七なんですか」
「……十九だよ」
「はあ、大学生なんですか」
「うん。君……、名前なんつーの」
「影郎です」
「カゲロー、また変わった名前だな。苗字は?」
「草場です」
「草葉の陰ぇ。巫山戯た親も居たもんだな」
 と云いながら、頭をわさわさ撫でた。これは亮二の癖である。この会話も、彼は声が小さいので、背の低い影郎に身を屈め顔の近くで喋っていた。次に会った時は「カゲロー」と云って、いきなり抱きついている。この辺りは広太の時と似たり寄ったりである。カゲローとキタローだし。
 ひとには迷惑だのなんだのと云っているが、可愛がってはいた。そうでなくても、亮二はひとにべたべた触る癖がある。影郎とて例外ではない。見掛ければ寄って行って肩を抱いて話す。左人志に会ったのは就職してからで、影郎と一緒に図書センターへ来た時であった。

      +

「これがリョウ君」
「これってなんだよ、ほんとにてめえは言葉を知らんな」
「済まんねえ、こいつ阿呆だから」
「あ、どうも」
「はじめまして、従兄弟の遊木谷左人志です」
「従兄弟なんですか、似てませんね」
「ありがとう」
「あはは、嬉しいんですか」
「似てる云われたら死にたくなるわ。木下君、蒋瑛なんだよね」
「そうです」
「ぼくもそうだよ、経済学部だったけど」
「あ、そうなんですか。ぼくは文学部でした」
「知ってるよ。どっかで聞いた名前だと思ったら、有名な『奥の細道』の卒論書いた子だった」
「有名ですか?」
「あの大学で知らん奴は居ないね。何処の誰が松尾芭蕉をホモだって書くの、しかも卒論で」
「ホモとは書いてませんけどね」
「書いてあるようなもんじゃない。曾良に客を取らせてたって」
「いや、つい筆が滑って」
「滑りすぎだよ。よくあれで通ったね」
「教授がいいひとでしてね」
「誰だった?」
「酒井先生です」
「ああ、あのひとか。おもろいひとだけどな」
「そうなんですよ、友達みたいにつき合えました」
「だろうな。……影郎、何処行ったんだ」
「あの野郎は、すぐどっか行っちまうな」
「君にも迷惑掛けてるんじゃない?」
「まあ、掛かってますけど、始終一緒に居るひとに比べれば微々たるもんですよ」
「理解してくれるひとがおって嬉しいなあ。あ、戻ってきたんか。何やっとったんじゃ」
「んー、パソコンで検索してた」
「断ってから行けよ、またどっかでぶっ仆れてるかと思うだろ」
「そうそう仆れないよ」
「仆れてるだろうが、ひとの迷惑も考えやがれ」
「わざとやってる訳じゃないもん」
「何がもんだ。絞め殺すぞ」
「もう、息の根止めてやって」
「左人志、ひどい。そんなこと云ったらリョウ君、ほんとにやるよ」
「やってもらえ」

      +

 影郎はアパートにも訪ねて行ったのだが、亮二は休みの日、近所の子供たちとよく遊んでいたので、それに混じってメンコやビー玉で相手をしていた。

「こんなの、何処で売ってるの」(影郎)
「近くの駄菓子屋にあるよ」(子供)
「へえ、そんなのがあるんだ」(影郎)
「このにいちゃん、もの知らずだろ」(亮二)
「ほんとだね」(子供)
「ひどいなあ。うちの近所にはないんだから、しょうがないじゃん」(影郎)
「近所しか知らねえんだって、馬鹿だねー」(亮二)
「ねー」(子供)
「馬鹿じゃないよ」(影郎)
「じゃあ、なに?」(子供)
「糞馬鹿」(亮二)
「くそー。うんこー」(子供)
「ぎゃははは」(亮二+子供)
「うんこにいちゃん」(亮二)
「うんこにいちゃん、うんこにいちゃん」(子供たち)
「もー。リョウ君、ひどすぎ」(影郎)
「おにいちゃん、うんこじゃないよ」(子供)
「ほんと?」(影郎)
「うん」(子供)
「このにいちゃんはなあ、飯作るのが上手くて、実はギターも上手なんだぞ」(亮二)
「えー、ほんとなの?」(子供たち)
「ほんとなの?」(影郎)
「飯作るの、うめえじゃん」(亮二)
「そうじゃなくて、ギターのこと」(影郎)
「ああ……。おまえは指弾きが基本だろ。バンドやってる奴で、あれだけのアルペジオが弾ける技量を持ってるのは、おまえ以外にゃ、少なくともおれは知らねえな」(亮二)
「いっつも馬鹿にするのに」(影郎)
「そりゃあ、馬鹿だから」(亮二)
「ひどい」(影郎)
「ひどーい、ひどーい」(子供たち)
「判った判った、ごめん」(亮二)
「リョウ君って、ほんと子供に優しいね」(影郎)
「子供は素直で可愛いからな」(亮二)
「リョウにいちゃんは優しいよ」(子供)
「いいねえ、慕われて」(影郎)
「まあな」(亮二)

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