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夏休み

「おい、チンポほりだしてうろつくな」
「だって暑いんだもん」
「パンツくれぇ穿かんけえ」
「そこにあるの取って」
「ほれ」
「これ、左人志のじゃん」
「なんでもええから、穿かんけえ」
「こういうの、なんて云うの? 間接……何?」
「そねーなこたあ、深う考えんでええわい」
「これ、飲んでいい?」
「なんやね……。あかんあかん、それ酒やけぇ」
「少しくらいならいいじゃん」
「いくねえわい。仆れたらわしが迷惑するわ」
「放置しといて構わないから」
「それが出来るんなら苦労せんじゃろうが」
「じゃあ、左人志飲んだら」
「午間じゃけえ、今はいらんわ」
「なんで? 酔っぱらって阿波踊りしてみせてよ」
「あほけぇ」
「ねえ。庭の胡瓜、穫ってきて」
「自分で穫ってこんかい」
「だって暑い」
「おめぇが暑けりゃ、わしかて暑いじゃろうが」
「日射病になる」
「帽子被うてけ」
「はーい」

「胡瓜が死ぬるほど成ってる。こんなに沢山あっても困るなあ……」
 と、笊に収穫した胡瓜を盛って、影郎はそのまま外へ出て行った。
 影郎がちっとも戻って来ないので、心配した左人志が探しに行くと、彼は道端で胡瓜を売っていた。近所のおばさんがふたり買い求めている。
「おい、何しとんじゃ」
「胡瓜が山ほど成ってたから、売ってるの」
「捕まってまうど」
「なんで」
「無許可でものを売ったらあかんじゃろ」
「そうなの?」
「よう知らんけど」
「あら左人志君、そんなこと気にしなくていいわよ。誰にも云わないから」
「こいつ、幾らで売ってるんですか?」
「一本、三十円」
「安いんじゃろうか……」
「普通だけど、新鮮でこんなに立派だもの。安い方よ」
「おばさん、うちの胡瓜太いけど、変なことに使っちゃ駄目だよ」
「あほう!」
「……痛いなあ。あのね、胡瓜はねえ、味噌汁に入れても炒めても美味しいんだよ」
「お味噌汁に入れるの?」
「うん、爽やかな味がする」
「そうなの。じゃあ、やってみるわ」
「炒める時はラー油と中華だしを入れるといいよ」
「影郎君、詳しいのねえ」
「料理すんの、趣味だから」
「それなのに、こんなに痩せてるの?」
「うんこになって、ぜんぶ出てっちゃうからねー」
「こら!」
 おばさんは笑って立ち去った。

「晩ご飯、何食べたい?」
「んー。さっき聞いたけぇ、胡瓜の炒めたの喰いたぁなったの」
「みんな売っちゃったよ」
「なんでおめぇは加減ってもんを知らんのじゃ」
「小さいのなら、まだ成ってるけど」
「ほんならそれでええわ」
「どんだけ胡瓜が食べたいの」
「ええやんか、別に」
「精力がつくように大蒜も入れようか」
「無闇についても困るけど、大蒜入れると旨えよな」
「こないだホイル焼きにしたの食べたら、左人志、汗まで大蒜くさかったよ」
「明日は日曜日じゃけぇ、ええよ」
「じゃあ、豚肉買いに行こうか」
「財布、持ってきとらんど」
「胡瓜売ったお金があるから」
「なんぼ売ってん」
「えーと、三千二十円」
「結構儲かったんじゃの」
「うん」

「花火、買おうか」
「いらん」
「なんで」
「この年になって花火なんかやろうなん、思えへん」
「この間、左人志と同じくらいのひととやったよ」
「女?」
「男」
「男についてくな云うちょるじゃろうが」
「そのひととは何もしなかったよ」
「だいたいおめぇ、なんでそねーなサンダル履いとんのじゃ。ワンストラップって、女物やんけ」
「おかしいかな」
「ビルケンならボストンか、せめてアリゾナにせえや」
「なに、それ」
「形の名前」
「ビルケンシュトックって、ドイツのメーカーじゃなかったっけ」
「そねーな形にゃあ、アメリカの地名がついとんのじゃ」
「ふーん。もの知りだねえ」
「知らんで履きないや」
「まあいいけど。そういえば、この間行ったホテルにブランコがあってさあ、あれに乗ってやると凄い奥まで……」
「云わんでええ」
「女の子と行った時の話だよ」
「なんでもええわ。聞きとうねえ」
「左人志はそういうとこ、行かないの?」
「おめぇにゃあ、云わん」
「勿体ないからうちでやれば」
「うるせえのう、もう」
「あ、豚肉特売だよ」
「おお、えろう安いやないけ」

「この漬けもん、えれぇ酸っぺーな」
「漬けたの忘れて、だいぶ経っちゃった」
「……覚えとけや」
「おれ、酸っぱいの好きだからいい」
「ほんじゃあ、全部平らげい」
「こんなに食べらんないよ」
「なんで喰いきれんほど作んのじゃ。いつも云うちょるけど」
「作るが好きだから」
「じゃあ、近所のひとに分けたりせえや」
「そうか」
「庭で野菜作るのもやめ」
「なんでー」
「喰いきれんじゃろうが」
「今日みたいに売ればいいじゃん」
「そうそう買うてってくれんわ」
「そうかな。ビール頂戴」
「一杯だけじゃで」
「不味いねえ」
「ほんなら飲まんとけや」
「なら、ウイスキーにする」
「そねーなもん飲んだら、ぶっ仆れるじゃろうが」

 その通り仆れてしまった。
 影郎がよく仆れるのは貧血の所為もあるが、堪え性がないというのもある。くらっときたら、そのまま仆れるに任せてしまうのである。何処でもお構いなしに仆れる。
 で、介抱してくれたひとについて行って仕舞い、帰って来なことも屢々あった。
 左人志は心労のあまり円形脱毛症になったことがある。影郎はそこをマジックで黒く塗った。寝ている間にやったので左人志は気づかず銀行に出勤し、大恥をかいたことがある。
 無邪気というか、阿呆というか、取り敢えず身近には居て慾しくない男である。

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