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紊乱聖人
見よ、如何にして彼が聖人になり得たかを。
昨日までは、宿すら持たぬ貧乏乞食だった彼を。
白濁した目を光らせ、襤褸を纏って蹲って居た。
誰も一顧だにしなかった。
路傍の塵芥だった。
言の葉の魔術か、天命か。
ピジンを操り、大仰な身振り手振りで、怪しげな事を語る彼は騙り者だ。
見世物の、寄席者だ。
如何わしい、いかさま舞踏。
さかさまになって顎をがくがくと鳴らす。
鋸の刃を下手に金属に当てるような声。
地を離れ、天を離れ、水に浮かぶ。
菰を捨て、羅紗をかむり、ラノリンを塗りたくる。
火花を散らし、鴉を肩に乗せ、水母神を崇める。
病んだ老婆の手をして、ねじれた針金を振り廻す。
振り向くな。
直視するな。
ガス壊疽を巻き散らす乞食聖人。
カケクチンが立って居るのだ。
何もかもが、幻の中。
天宙から降り注ぐ悪夢。
メチルの白昼夢。
果実の皮を舐め廻し、天帝の貢ぎ物だと嘯く。
やがて、ハルシオンの目眩ましで、ハメルンの笛吹き男のように、ひとびとを引き連れて水底に消えてゆくのかも知れない。
白い太陽が照りつける真昼の路上に、彼は立って居た。
無矇の、蒙昧の、言葉の羅列が連隊を成して行進してゆく。
張り子の亡者。
幾百億の彼方から届く、無言通知。
エニグマは巡りめぐって、どぶ板の下に墜ちた。
形式も形骸も消え失せた。
死んだ瘡蓋に、汚れた包帯を巻き、渦巻きの中に消える。
揺れる水草の靡き。
緑色の波。
硝子の表面を伝う水滴の嘆き。
浄化された水には魚すら棲まない。
掛け間違えた釦を外せ。
秒針の刻む音に耳を傾けろ。
雷鳴の轟は鉄車輪の地鳴り。
海の向こうに何が在るかは知らなくていい。
ましてや空の向こうなど。
蟻の触覚が引き千切られる。
蜘蛛の足が散らばる。
サイレンが鳴り響く。
ぐにゃぐにゃの骸骨が歩いてゆく。
乞食の男は惑いの文句を並べ立てる。
鴉が黒い羽根を広げた。
空を覆う程の、嘘のように巨大な羽根を。
聖母に寄り掛かる天使の顔をした悪魔。
首の取れた石像が並ぶコンクリートの森。
遥かな先から、不吉な影とともに、幾つも車輪がついたトラックがゆっくりと近づいてくる。
谺が、わんわんと、耳の中で鳴り響く。
おまえは誰だ。
殺人者が軋む階段を上ってゆく。
エタノールで薄められてゆく、地平。
液晶画面で知らされる、知りたくもないニュース。
此処でも、何処でも、彼処でも、悪い事はいつでも起こる。
通常の日常。
耳を塞いで、目を閉じて歩けばいい。
水母神が竜の背に乗って過ってゆく。
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