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人物裏話——真面目な奴ら篇。

 登場人物で極端に不真面目な人間は居ないが、逆に真面目なのがカナギシ、江木澤、清世、樹玖尾、車折、繁、圭一、草村。だいたい控えめで引っ込み思案な性格をしている。


 上条護

 もともとの性格が温順しく控えめだったが、必要以上に真面目になったのは、やはり養子だからであろう。明良にはじめて会った時も「今日から此方でお世話になる加奈岸護です」とお辞儀して、変な奴だと思われている。しかも明良は「にーさんなら上条じゃんか、なんでそんな変な名前なんだよ」と、云い掛かりをつけた。
 使用人のヨシさんやシゲさん(このふたりは夫婦である)にも低姿勢だった。忙しい父親も、息子たちの誕生日には必ず家に居て夜の食卓をともにしていたが、明良は食事にあまり関心がないのでたいてい不貞腐れていた。それを取り繕うように義父と会話を交わしている。父親も護とばかり話していた。
 旧市で喧嘩ばかりしていたのも、チンピラが搦んでくると「逃げよう」と云っても明良が聞かないので、仕方なく相手をしていたのである。弟が苦戦していても、彼は相手の獲物を取り上げあっさり片づけていた。最初に喧嘩したあと、明良の手を取り大通りまで走って逃げ(ふたりのチンピラは、明良の方は腕をへし折られ、口を蹴ったので歯も折れていた。カナギシの相手は鉄パイプで気絶させられ、追ってこないように足を叩き折られている)、彼が心臓発作を起こすまで立ち止まらなかった。その時、明良が意識を回復するまでの間、夜景を撮影していたのである。なんて野郎だ。
 明良と仕事をする時は敬語で話していた。


 江木澤閎介

 本人が自分は引っ込み思案で友人も少ないと思っている。音楽の趣味はどちらかと謂うとマニアックだったので、話の合う人間は高校に入るまで居なかった。家があまり裕福ではなかった為、演奏する楽器をドラムにしたが、両親は非常に優しく周囲に羨ましがられるほどである。
 亮二に無茶苦茶なことを云われても黙って聞いており、「おかず増やしたかったらデパ地下へ行け」と云われると本当に出て行き、近くのデリカテッセンで総菜を買って戻ってきたりしていた。glass tubeの長海秀一はそれを聞いて、「彼は阿呆なの?」と云っている。いや、阿呆ではない。
 高校の時のゲリラライブで、よく見に来ていた三田律子に何故か懐かれて、「エギさん」と呼ばれよく話していたが、つき合いだしたのはその一年後。デートも金がないのでそこらをぶらつくだけだった。青姦でもしない限りことに及ぶことは出来なかっただろう。江木澤の家は共稼ぎなので、自宅に連れ込めばやれるか。
 嫁の初枝と知り合った時も向こうが積極的だった。彼は暗い訳ではないが、初枝は小学校の教師だけあって、快活でものもはっきり云う性格である。この性格のお陰で、亮二とは口喧嘩ばかりしていた。プロポーズは江木澤の方からしたが、それも初枝が「何か云うことないの?」と云ったからである。
 新婚旅行を北海道にしたのは江木澤だったが、本来なら結婚式と披露宴の金を出すのに精一杯だったところを初枝がどうしても行きたいと云うので、亮二に借金して行ったのだ。初枝はヨーロッパに行きたがっていた。旦那の懐具合を考えろ。だから亮二に嫌われるんだよ。
 彼女の性格が特に悪い訳ではない。


 小高清世

 男性が苦手だったので、亮二に会うまでは父親以外の男と親しく話したことがなかった。ライブハウスへ行ったのも、幼なじみの成田恵理がチケットを売りつけたから行っただけで、恐いから友人ふたりについて行ってもらっている。
 この友人を亮二は「派手1、派手2」「友人1、友人2」としか覚えていない。
 成田恵理はどう考えてみても変人で、それでも幼い頃から一緒に遊んでおり、中学の頃から自作の詩を朗読するのにつき合ってやっていた。しかし、彼女が居たからこそ、亮二と出会って結婚することが出来たのである。恵理はふたりを引き合わせたあと、シベリア放浪の旅に出てしまった。
 料理は下手だったがひとりの時は作っており、亮二が四十で仆れた時に貧血にいい飯を作った際、やっと喰えるものを作れることが判明した。亮二に「なんでこれまで疲れて帰ってくる亭主に飯を作らせていたんだ」と訊ねられ、趣味だと思っていたと答えている。
 亮二以外の男はまったく目に入らないようで、彼の知り合い以外、やはり男とは殆ど口を利かなかった。ポンタ君とその友人は別だが、みんなゲイなので安心していたのだろう。


 樹玖尾洋一

 誰が見ても温順しいひとだと思われる。モヨリは「車に刎ねられても相手に謝りそう」だと思ったし、繁は「気持ちが悪いほどおとなしい」と思っていた。どんだけ?
 高校時代はひとりでこつこつCASIOのキーボ−ドで童謡を弾いていた。義理の娘がピアノを教えて慾しいと云ったので、これも独学でクラシックを一から勉強し直し教授した。ついでにかみさんにも教えてやっている。亮二に頼まれ、車折の娘にも教えた(注;『生活の手帳』此処では未公開)。
 妻の朋子と暮らしはじめるまで、女とふたりきりになったことすらなかった。妹は別だが。娘ふたりと息子がひとりなので、女系家族と謂ってもいいだろう。息子だけが頼りなのかも知れない。


 車折禎

 真面目なのは父親が警察官だからかも知れない。ひと見知りはしないが、無愛想な上、仏頂面なので相手に恐がられてしまう。高校二年の時に同じ学年の女の子に告白されるも、呼び出された時に「果たし合いか?」と思っている(注;『生活の手帳』)。何故そう思う。
 その彼女とは二十三までつき合ったが、相手は四年制の大学へ行って(車折は高卒)ちゃんと就職しており、仕事の都合で海外へゆくことになり、「そんな遠い処へ行ってまでおれのことを思ってくれなくていい」と別れている。
 弁当屋の幹子を見初めるが、声を掛けるまで一ヶ月、食事に誘うまで半年(しかも定食屋)、アパートに呼ぶまで二年掛かっている。彼女がアパートにはじめて来て、洗いものをしている時に抱き寄せたら、驚いて皿を割ってしまった(於;『生活の手帳』)。
 そりゃあ、それまで手も握らなかったのだから驚くだろう。疵の手当をしてからキスはしたがそれも恐らく驚かれたに違いない。面が面なのでそう謂うことをしそうにないと思われるのだが、男なのでしますよ、幹子さん。
 プロポーズした時も驚かれて、また幹子は皿を割っている。新婚旅行先でも、布団を一メートルの間隔に引き離している。幹子が淋しがって「そちらへ行ってもいいですか」と云わなければ別々に寝ていただろう。子供はふたり居る。


 岸繁

 控えめで真面目な割には学食で自分からモヨリに声を掛け、その半年後には同棲している。まあ、引っ越すついでに一緒に住みだしたのだが。これは棠野も同じなので、同棲するきっかけとしては上手いやり方かも知れない。
 結構嫉妬深く、図書センターへ行った時にはモヨリと親しく話す亮二に少し焼きもちを妬き、もう此処には来ないと云っている。水保がモヨリに云い寄りまくった時は「硫酸をかけてヘドロにぶち込んでやりたい」とまで考えた。恐ろしい……。まあ、その後は諦めて、彼がモヨリを抱き締めようがキスしようが、笑って見ているのだが。結婚式にも招待した。
 娘がひとり居る。最初に勤めた天馬企画は一年で辞めて、仲間とデザイン事務所を開いている。Webデザイナーで、glass tubeのホームページを作ってやっている。そう謂えば、glass tubeはまったく顧みられていない。あまり書いていないので仕方がないか。


 生田圭一

 障碍を持った弟の世話をしている為、ひとづき合いは非常に悪い。それでなくても堅苦しい人間なので、友人もあまり居ない。美大を中退して広告デザイナーをしている。
 何故か広告代理店に勤務する者や広告デザイナーが多い。デザイナーは在宅でも出来るので、そうせざるを得ない人物にはこの職業を与えている(『どうしてもできないこと』の小田雅人、『眠れない夜の分類学』『おすそわけ』の士崎和文)。
 大学へ通ってる時には彼女が居たが、弟の世話をするようになってからはなかなか会うことが出来ないので別れを切り出している。一子の場合は彼女が隣に住んでおり、弟も懐いていたので「これならいいか」と思ったのかも知れない。まあ、そんな軽い気持ちではなく、自分でも驚くくらい惚れているのだが。
 彼女と一緒に暮らして、一年後に求婚している。理由は「責任を取らねばならないことをした」から。


 草村紘

 男なのに猥褻なものが苦手。何故?
 お陰で影郎や亮二に散々からかわれている。免疫つけろよ。普通に借りられるラース・フォン・トリアーの『ニンフォマニアック』でも観ておけ。こんなことで女とやれるのだろうか。暗闇の中でするのか?
 中学の時、テニス部の後輩と親しくなり、大学に行く為に静岡を離れるまでつき合っていた。大学ではサークルには参加せず、真面目一本槍で彼女が出来なかったので、友人が見兼ねて女の子を紹介した。その娘とは三年くらいつき合ったが、卒業後は遠距離恋愛になってしまい、自然消滅している。
 影郎が死んでからはバーの客によく誘われるので、送って行くついでに上がり込み、やることやって、用(?)が済むと帰っている。なんとなくやな奴。
 温順しくて乱暴な人間ではないから許されているだけで、普通だったら刃傷沙汰になっている筈だ。恐らくやることもごく普通だろうし。こんなんで変態行為を働いていたら吃驚する。まあ、ひとは見掛けに依らないので判らないが、たぶんしないだろう。
 言葉遣いも実に丁寧で、文字だけ読むと女が喋っているようである。「〜じゃない」とか、「〜でしょ」とか。影郎のことを女の子みたいと云っているが、言葉遣いだけ取り上げればてめえの方がよっぽど女らしいよ。もう、あたしとか云ってろ。
 もの凄く心配性で、影郎が仆れたら、仆れるならベッドの上で仆れてくれと無茶なことを云っている。柔道が得意なら四十八キロの奴くらい、担いで運べよ。地下鉄の構内をおんぶして歩いたくらいなんだから。
 どう考えても運動系の部活をやっていたり車を乗り廻すのが好きだとは思えない。旧車に拘っていたり、マニュアル車じゃないと運転し甲斐がないとか、男みたいなことを云うな。いや、男か。

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