或るライオンの死
昨年の秋頃、一頭のライオンが死んだ。
ロシアのサーカス団の小さな公演の為に、彼の地よりはるばる極東の果てに来た。
団員の不注意に因り、檻の戸締まりが完全ではなかった。
ライオンは脱走した。
彼は自由を求めたが、其処は檻の裡より自由がなかった。
森へ逃げたのは、故郷のサバンナに似ていたからか。
野鳥くらいしか撃ったことのない男が猟銃を手にし、彼を追う。
追いつめられ、
何発も銃弾を浴び、
彼は崖から転がり落ちた。
彼は何故殺されなければならなかったのか。
もんどりうって崖から転落するライオンの姿を、
テレビの画面はスローモーションで幾度も流した。
それはもう、
百獣の王でもなんでもない。
銃弾の前に、
なす術もなく仆れた、
アフリカのサバンナで一生を終える筈のケモノが、
縁もゆかりもない此のニッポンの地で命を落とした。
彼の為にわたしは泣いた。
テレビを観て、
新聞記事を見て、
わたしは彼の死を悼んだ。
1993年1月18日深夜。
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