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あの時の物語

注)本文には映画の結末が推測される箇所があります。『東京物語』を未見の方はお気をつけ下さい。

「いつも洋画ばっかりだから、日本の映画を借りてきたよ」
「どんなの?」
「小津安次郎の『東京物語』。このジャケットが渋いんだよね」
「へえ、なんかリョウ君が好きそう」
「木下君もこれは凄くいいって云ってた」
「畳に正座して観なきゃいけないかな」
「畳はない」
「じゃあ、漬けもの齧りながら日本酒を傾けましょう」
「熱燗でね」
「おじんくさい……」
「おっさんですから」
「こんな若々しいおっさん、居ないよ」

 ………………。

「ああ、白黒なんだ。もうこれだけで名作って感じがする」
「写真もモノクロってだけで芸術作品に見えるからね」
「うん。だから左人志はカラーでしか撮らない」
「安易な道に進むのが厭なのかな」
「結構ストイックだからね」
「尾道って、よく映画で使われるなあ」
「何度か行ったことあるよ。岡山から近いから。古くさい町で、坂が多いところだった」
「ああ、『時をかける少女』がそういう処でロケしてた。あれもSFが原作の割には純文学系の話だったな」
「どんなの?」
「高校生の話で、同級生に未来人が紛れ込んでるんだよ。周囲の人間の記憶を操作して。でも、その子を好きになった女の子の記憶が混乱しちゃってね、とうとうその未来から来た男の子の正体がばれちゃって、記憶を消して未来に戻って行くっていう話。その主演の女の子が唄った松任谷由実の曲がヒットしたよ。主演の原田知世はそのあと歌手活動もした」
「ああ、松任谷由実も原田知世も知ってる。原田知世の『くちなしの丘』がよかった」
「彼女の声は透明感があっていいんだよね。顔も可愛い」
「このお爺さん、左人志んちのお爺さんに似てる」
「そうなんだ。笠智衆っていう、この監督の作品によく出た役者さん」
「もう、如何にも名優って感じだね」
「飄々としてるんだけどね。木下君、年とったらこんな感じになりそう」
「そんな感じだね。今でも枯れてるけど」
「あはは。枯れてるって、ひどいなあ」
「おっさんくさいもん」
「顔は若いよ」
「性格も子供みたいだけど、なんか雰囲気がジジイみたいなんだよね」
「うーん。落ち着いてるし、巫山戯てなければ無口だからかな」
「巫山戯てて無口なひとってあんまり居ないよ」
「揚げ足取らないの」
「このおばさん、無茶苦茶性格悪そう」
「きつそうな顔してるよね、現代人にはあんまりない顔立ち」
「旦那さん、苦労しそう」
「そうだなあ、ぼくもこんな奥さん厭だな」
「紘君は控えめでおとなしい女のひとじゃないと駄目だろうね」
「たぶんそうだろうね。自立して、てきぱきなんでもやれる子だと圧倒されると思う。暗いのは厭だけど」
「そういう子を探し出すの、大変だと思うよ。明るい子はみんな自己主張が激しいし、おとなしい子は暗いかオタクだもん」
「オタクは厭だなあ。何考えてるかよく判らないし、話し方や仕草が変なんだよね」
「服装も、それちょっとどうなの、って恰好してるからねえ」
「まあ、服装はなんとでもなるだろうけど、言葉や仕草は身についてるものだからなかなか直らないと思う。この時代の服なんかいいと思うんだけど、売ってないし浮いちゃうかな」
「うーん。開襟シャツとかあんまり着てるひと居ないからなあ。でも、膝丈のスカートとかこういうブラウスはいいね」
「この頃の東京は田舎町みたい」
「今の東京は行ったことないけど、行きたいとも思わないなあ」
「ぼくは仕事で行ったことがあるけど、あそこは生活する処じゃないと思ったな。中心地を外れるとこの辺とたいして変わらないんだけどね。高田馬場に泊まったんだけど、学生が多くて食事するところも割り合い安かったし」
「何食べたの?」
「……忘れた」
「ボケ老人?」
「ひどいなあ、そんな年じゃないよ」
「あ、このお嫁さんはきれい。優しそうだし」
「原節子。このひとも小津安次郎の映画によく出た。日本を代表する女優さんだよ」
「なんか、この頃のひとにしてははっきりした顔っていうか、日本人離れしてるね」
「うん、まあ、そうだね。あっさりはしていない」
「やっと東京見物させてもらえるんだ」
「老人っていっても、今からするとそんなに年行ってないと思うんだけどなあ」
「今のお爺さん、お婆さんって元気いいもんね。吃驚するくらい」
「平均寿命も伸びてるしね」
「こんな粗末なアパートに住んでるのに、死んだ旦那の親をもてなしてあげるんだ」
「旦那さんのことを、ほんとに愛してたんだろうね」
「共同の流しってやりにくいだろうなあ」
「慥かにね。今みたいにカセットコンロもないし、冷蔵庫も洗濯機も贅沢品だし」
「それはそれで正しいあり方だと思うけど」
「でも、ヒステリックに環境保護を訴えてるのは苦手だな。ロハスとか云ってるひとって、田舎に行って暮らしても、結局そこで都会の生活してるひとが多いんだよね。本当に畑仕事して自給自足でやってるひとも居るけど、たいていはお洒落な注文住宅建てて、周囲のひとがやらないようなことをやってるんだよ。雑誌で憧れるようなね」
「厳しいね」
「実家の近くにそういうひとが結構居たから」
「ああ、そうなんだ」
「何しに此処へ引っ越してきたんだろう、って思った」
「ムカついたんだ」
「ムカつきはしないけど、目的がよく判らなかったな」
「自分たちのイメージする田舎暮らしがそうだったんじゃない? ログハウスみたいなのに住んで、少し広めの庭でバーベキューするとかが」
「そう、それ。別に都会でも出来るじゃない、そんなの。なんか、観光気分が抜けてないっていうか、雑誌やテレビの世界をそのまま再現してるだけなんだよね」
「それが楽しいんじゃない? 地元のひとがどう思うかなんて、深く考えていないんだよ」
「そうなんだろうね。……お金の都合つけてまで追い出すとはね」
「凄い明白地だね。上京してきた親に此処まで冷たくするもんかな」
「海のある処から来たのに、海辺の町へ行かせるとはね。何考えてんだろ」
「こういう処は、こんな老夫婦じゃ愉しめないんじゃないかな」
「厭がらせかな」
「自分たちの価値観でしかものを考えられないんじゃない?」
「夜になっても五月蠅いし、気の毒だなあ」
「もう帰って来たのって、やな云い方するな」
「演技力があるから、本当に憎々しいね」
「やっぱり出てくんだ」
「自棄酒も呑みたくなるよなあ」
「お婆さんはあのお嫁さんのとこに行ったからいいけど、お爺さんはどうするんだろ」
「この友達の家に泊めてもらえばいいんじゃないかな」
「ああ、そうか」

 ……………………。

「結局、お婆さん死んじゃったじゃない」
「まだ若いような気がするけど、当時はあれくらいは普通なのかな」
「学校の先生してる末の娘はほんとにいい子だったよね。長女と違って」
「まだ若くて純粋だからね。世間に揉まれても、ああいう性格は変わらないと思うけど」
「あの顔でお姉さんみたいになったら、対応に困るよなあ」
「え、って思っちゃうよね」
「今晩なに食べたい?」
「んー、寿司でも食べに行こうか」
「海辺の話観たから?」
「それもあるかな」
「単純なの」
「まあね」

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