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美穂の訪問

「リョウ先生、いいものあげる。手え出して」
「なんだ」
「当ててみて」
「うーん、彫刻かな。嘴みたいなものがあるから鳥か」
「当たり。カケス」
「どうしたんだ、これ」
「あたしが彫ったの。リョウ先生、野鳥が好きそうだから」
「そうだな、南国の鳥よりそこら辺に居る鳥の方が好きだな。カケスはきれいな羽をしてるんじゃなかったか」
「うん。茶色と白とブルー」
「目がちょっと恐いんだよな」
「リョウ先生に似てる」
「鳥に似てるって云われたことはないなあ」
「どっちかっていうと猫っぽいからね。だから猫が好きなの?」
「動物はだいたい好きだよ」
「うちで今、十姉妹飼ってるんだよね」
「おまえに鳥の世話なんか出来るのか」
「出来るよー。難しくないもん。旦那が鳥類学者だからね、影響されたの」
「入籍しただけだったな」
「結婚式なんて無意味じゃん。そのお金でボリビア行ったよ」
「新婚旅行で行くとこじゃないような気がするけどな」
「みんなそう云ったけど、何処行こうがひとの勝手じゃん」
「まあな。ボリビアって謂えば、ゲバラが死んだ国じゃなかったか」
「キューバ革命のあとボリビアに潜入して、政府軍に殺されたんだって。でも、あたしたちはそう謂うの、興味なかった」
「自然専門か」
「ビデオいっぱい撮ってきたのに、リョウ先生に観せてあげられなくてさー、残念。南十字星も見えたんだよ」
「音だけで面白かったよ」
「あれはねえ、旦那が凄い高性能のデッキで録ったの。野鳥の観察しながら」
「面白そうだな」
「退屈だったよ。息を潜めて、蚊に刺されながら樹の陰に隠れてさ。向こうの蚊が、またでかくて。刺されると痒いのなんの」
「暑い処の昆虫は大きいのが多いからな」
「でっかいよ。蛾なんか手のひらふたつくらいあって、顔に飛んできた時は失神しそうになった」
「それはちょっと恐いな」
「馬鹿が捉まえて、標本にして売り捌いてるんだよね。買うのは先進国の金持ちなんだけど」
「人間は馬鹿なことばっかするからな」
「居なくなったら後悔するのにね」
「なくなってはじめてその難有みが判るんだよ」
「目のこと?」
「それもあるけど、すべてに於いてだよ」
「あたしもリョウ先生の目が殆ど見えないって知った時はショックだった」
「凄い勢いで怒ったな」
「当たり前じゃん。黙ってるなんて酷いよ」
「清世にも云ってなかったんだよ」
「どうしてなんでもひとりで解決しようとするの」
「ひとに頼るのが嫌いなんだよな」
「ひとの世話はするのに」
「世話してるつもりはないよ」
「リョウ先生は自分のことがよく判ってないね」
「そうか?」
「だって顔のことも頭のことも、良くないって思ってるじゃん」
「顔は兎も角、自分を馬鹿だとは思ってない」
「あったまいいからね。顔だっていいよ」
「そうかね」
「女のひとに人気があったんでしょ」
「棠野ほどじゃない」
「お父さんはねえ……」
「なんだ」
「お母さんが妊娠してる時、浮気してたらしいんだよね」
「まじかよ」
「まじまじ。サイテーでしょ」
「まあ、よくある話だけどな」
「あ、納得するんだ。リョウ先生も男だね」
「女ではないな」
「でも、リョウ先生なら絶対浮気しないね」
「そんな気にはならんだろうな」
「清世さんだから?」
「誰が相手でも」
「清世さん以外、知らない癖に」
「高校の時、つき合ってる娘が居たよ」
「えー、うそぉ」
「嘘ついてどうすんだよ」
「どんなひと?」
「忘れた」
「有り得ない。清世さんが居るから云えないんでしょ」
「いや、ほんとに覚えてない。清世と会った頃には顔も名前も忘れてた」
「好きじゃなかったの?」
「好きでもない女とつき合う訳ないだろ」
「普通、忘れないよ」
「うーん……。振られたショックで忘れたんじゃないか」
「リョウ先生でも振られるんだ」
「そりゃそう謂うこともあるだろ」
「あたしだったら絶対離れない」
「恐い娘だな」
「情熱的だもん」
「旦那も大変だ」
「そこがいいって云ってくれるよ」
「変わりもんなんだな」
「リョウ先生ほどじゃないけど」
「みんなに変わってるって云われるけど、何処が変わってるか判らないんだよな」
「変わってることを自覚してるひとは、ほんとの変人じゃないよ」
「爺さんは明白地に変わってたけどな」
「へえ。どんなひと」
「なんかおれに似てるらしい」
「じゃあ、相当な変人なんだ」
「性格が似てるとは思ってないよ」
「写真とかある?」
「あとで清世に見せてもらえ」
「目が見えなくてつまんなくない?」
「他の感覚が発達したから面白いよ」
「そう云ってたね」
「ないものねだりしたって仕方ないからな」
「リョウ先生って、すごいね」
「別に凄くはないよ」
「カッコいいよ」
「あらまあ、お世辞でも嬉しいわ。ありがとう」
「そう謂うこと云うとカッコ良くない」
「ありがとうって云っちゃいかんのか」
「おかまみたいに喋るから」
「そうか?」
「時々、そう謂う喋り方するじゃん」
「昔から指摘されてるけどな。意識してないし」
「だから変人だって思われるんだよ」
「無意識だから直せんな」
「言動が馬鹿っぽいんだよね」
「清世、美穂が帰るらしいぞ」
「美穂ちゃん、何か云ったの?」
「馬鹿っぽいって云った」
「ほんとのこと云っちゃ駄目だよ」
「ふたりとも出てけ」
「ぽいって云っただけで、馬鹿とは云ってないじゃん」
「美穂ちゃんにまで腹を立ててどうするんですか」
「腹を立てた訳じゃない」
「帰れっておっしゃるのが癖になってしまったんですか」
「昔はうるせえって云ってたのを云わなくなったから、言葉が見つからないんじゃない?」
「うるせえって云うか」
「せっかく言葉が改まったんですから、やめて下さい」
「ジジくさいから前の言葉遣いの方がいいな」
「美穂ちゃん、そんなこと云わないで」
「清世さんは今の方がいいんだ」
「どっちでもいいけど」
「ならいいじゃん」
「でも、ちゃんとした言葉遣いの方がいいかな」
「年寄りみたいじゃん」
「木下さんはお爺さんだよ」
「こんなお爺さん、居ないよ」
「此処に居る」
「天然記念物に指定したげる」
「やだよ」
「文化勲章だったら慾しい?」
「勲章を、ぶら下げて歩くほどの馬鹿じゃなし」
「なに、それ」
「慥か、夏目漱石が云ったんじゃないかな」
「リョウ先生はもの知りだね。お父さんなんか本、読まないよ」
「そうなのか」
「雑誌くらいしか読まない」
「牧田もそうだな」
「あのふたり、似てるもん」
「牧田は浮気だけはせんけどな」
「そうなんだ」
「そんなことをするような奴とは縁切るよ」
「お父さんとも、もうつき合わない?」
「それはないよ」
「牧田さんほど身近に思ってないんだ」
「そう謂う訳じゃないけど」
「いい加減そうに見えて、潔癖だよね」
「いい加減ってなんだよ」
「帰れって云わないで下さいよ」
「云いそうになった」
「おかしな口癖が出来てしまいましたね」
「おまえが来客を断らないからだ」
「心配して来て下さるのを断れません」
「十年振りに会うような奴も居るし、玲二君なんか四十年振りだったぞ。物見高いとしか思えない」
「そんなことはないですよ。覚えていて下さるだけでありがたいじゃないですか」
「忘れてくれても一向に構わない」
「リョウ先生のこと忘れるひとは居ないよ」
「どうして」
「強烈だから」
「こんな薄味なのに」
「こってり味だよ」
「くどいもんは嫌いだ」
「煮込まれちゃったんじゃない?」
「やだなあ」


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